テーマ:征夷大将軍

日本史の「微妙」11 征夷大将軍そのウワサ話

武家政権(鎌倉幕府/1185年?-1333年)が樹立されて以降、その トップの座を「征夷大将軍」という称号?で呼ぶことにしました。 その座に就いた人物の数は鎌倉幕府9代、室町幕府15代、江戸幕府15代、 という内訳で、合計では39人になります。 では、この他には金輪際誰も「征夷大将軍」にならなかったかと言えば じつは必ずし…
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日本史の「アレンジ」17 違いがあって然るべき!

天皇の名前を表すのに、例えば「朱雀帝」とか「持統帝」とか、 「○○帝(てい)」という呼び方をすることも少なくありません。 また「持統帝」のような女性天皇については「女帝(じょてい)」という 言葉も併せて使われています。 ところが、いったんは天皇に即位しながら事情があって「クビ(馘首)」に された天皇には「廃帝」という言い方…
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日本史の「発明発見」18 リサイクル征夷大将軍

日本史の中の「将軍」(征夷大将軍)の位置付けとは? こう言われれば、まあ一般的には国家の最高権力者、要するに現代で言う ところの「総理大臣」もどきの地位をイメージすることでしょう。 江戸幕府の政治形態を思い起こせば、この印象はもっと強くなります。 しかし、元来はそうした性格を有していませんでした。 じゃあ、どんなんだったの…
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日本史の「トホホ」17 ♪運がいいとか悪いとか

武士による政治機関?「幕府」が設立されてから以降、 その「長」は自らの役職?を「征夷大将軍」と名乗りました。  ところがこの「征夷大将軍」そのものは、決して新しく登場した 役職でもなく、実は幕府登場のず~っと以前から、すなわち 平安時代初期の頃からすでに「あった」ものでした。 さて、その征夷大将軍、実は「幕府」以後に限っ…
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日本史の「トホホ」14 看板倒れ?征夷大将軍

そもそも「征夷(大)将軍」とは、「東夷」(東の野蛮人・異民族)を 「征伐」する戦いの「司令官」?ほどの意味とされています。 ちなみに、西方面は「征西将軍」、北は「鎮狄将軍」と言い、 これは中華思想の「東夷・西戎・南蛮・北狄」※から来ている そうですから、だったら、本来の「征夷大将軍」とは、多数いる 「将軍」の内の一人という…
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日本史の「陰謀」07 なぜ”征夷大(たい)将軍”?

「征夷大将軍」の大を(だい)ではなく、なぜ敢えて(たい)と 読むのでしょうか? 征夷(野蛮人をやっつける)がその本来の職務であるならば、 響きも強い(だい)の方が断然ふさわしい気がするのですが?・・・ 清水寺縁起  ~田村麻呂は蝦夷へ~ 朝廷社会で使う言葉、大納言・大臣・大嘗祭・…
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日本史の「忘れ物」05やじろべえ国家

胴の先が細く、人の形をして、左右に伸びた手の先の重りで バランスをとる「やじろべえ」は日本の伝統的な玩具です。 このバランス、日本における「権威と権力」の関係によく似て いませんか? そう、日本は「やじろべえ日本」なのかも? 「権威と権力」を言い換えれば「カリスマとパワー」になります が、日本史の大きな特徴として、いつの時…
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~意味深長な言葉~

古来日本人は「言葉」をとても大事にしてきたようで、それは、 言葉は天地(あめつち)をも動かす、という信仰にも発展している。 要するに「言葉」のパワーは「自然」をもコントロールできる、 そう信じていた民族なのである。 それならば、言葉のセンスはより繊細に、表現はより複雑・微妙 に深化していき「悪口・差別語」の類にも及んでいたこと…
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