テーマ:本願寺

日本史の「トンデモ」04 本願寺籠城戦と水軍激突

織田信長(1534-1582年)と本願寺11世・顕如(1543-1592年)の激突、 いわゆる「石山合戦」(1570-1580年)の、その中盤では「天王寺の戦い」 (1576年)が繰り広げられました。 そして、これに勝利した織田軍は摂津国方面の軍事的優位を確実なもの とし、逆に負けた本願寺軍は本拠地・石山本願寺への退却を余儀なく…
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日本史の「信仰」12 信心かぶれはどれもアブナイ

戦国乱世の最終勝者となった徳川家康(1543-1616年)は、何度か信仰 がらみの事件に遭遇しています。 領国・三河国で起きた「三河一向一揆」(1563-1564年)もその一つで、 一揆衆側に味方する家臣も決して少なくはなかったこの時は、当の家康自身 が「命の危機」に晒されたほどでした。 まさにチビる思い・・・いやホントは少し…
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日本史の「怪人」15 販促イベント?北斎の達磨

江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849年)には、 ユニークな逸話が数多く残されています。 たとえば、 ○改号すること30回? (異見もあり/「北斎」はその内の一つ) ○生涯に93回?の引っ越しを繰り返した。 ○どの住まいも掃除をすることなく「ゴミ屋敷」化が常だった。 ○金銭に無頓着なあまり極端な貧乏生活だった。 …
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日本史の「油断」03 英傑トリオの本願寺介入

数年前に750回忌大法要を迎えた宗祖・親鸞(1173-1263年)さんも、 ひょっとしたら、その後の「本願寺」の在り方には幾分首を ひねっておられるかも知れません・・・~なんでこうなったの?~ それは「本願寺」※と名乗るお寺が京都に二つ、それも割合近い 場所にあることです。 ※いずれも京都市下京区 その上に、つい最近まで両…
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