テーマ:奥州藤原氏

日本史の「ライバル」02 武士政権七百年の夜明け前

いわゆる「武士政権」を最初に立ち上げた人物として、普通は平安時代末期に 活動した平清盛(1118-1181年)の名が挙げられ、その仕組みを所在地の 名称から(京の)「六波羅政権」という呼び方もしているようです。 さて、これを「最初の」とするからには、当然その続きもあるわけで、確かに これ以後は源頼朝による「鎌倉幕府」、足利尊…
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日本史の「世界標準」24 一国平和はリスクを背負う

どちらかと言えば、現代日本の国民感情には、自国の平和のみに絶対の 価値を置き、諸外国における紛争・対立などには割合に鈍感・無関心な、 いわば「一国平和主義」モードの中にあるようにも感じられます。 確かにこうした「平和」に絶対の価値を置く心情は、「戦争好き」よりは よほど好ましいことかもしれませんが、しかし反面では、たとえば某…
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日本史の「言葉」09 奢る義経も久しからず

世の古今東西を問わず、「驕り」が原因となって我が身を 滅ぼすことは珍しいことでもなく、~奢る平家は久しからず~ という言葉は現代にも伝わっています。 確かに一時期の平家は栄耀栄華を極めました。 ところが、敵方に源義経(1159-1189年)という天才軍人が 登場したことで状況が一変、一の谷・屋島・壇ノ浦と三連戦・ 三連続…
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日本史の「迷宮入り」02 黄金ネコババ事件

よく知られた「史実」の中にも、何かしら忘れ物をしたような感じの 「出来事」があります。たとえば、「AとBが・・・」の部分で切れて しまって、この後が何なのか不明なままの感じ。 で、AとBが一体どうしたのだ! 「転んだのか?それとも豆腐でも 食っていたのか?」 実際、こう叫びたくなってしまいます。  奥州藤原氏三代 出展:wik…
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日本史の「忘れ物」02奥州四代の奇習

奥州藤原氏四代(清衡・基衡・秀衡・泰衡)のミイラについて、 あまり詳しいことは分かっていないようだ。 まず、自然にミイラになったものか、それとも意図があって 人工的にミイラにしたものか、この基本的なことについても 意見が分かれているようである。  自然ミイラか人工ミイラかいずれにせよ  遺体をキッチリ保存・保管していたと…
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