テーマ:軍事政権

日本史の「タブー」12 使者はなぜ殺されたのか

「蒙古襲来」あるいは「元寇」という当時の日本国にとって歴史的な 大事件は、概ねのところこんな説明になっています。 ~日本の鎌倉時代中期に、当時モンゴル高原及び中国大陸を中心領域として  東アジアと北アジアを支配していたモンゴル帝国(元朝)およびその属国  である高麗によって二度にわたり行われた対日本侵攻の呼称である~ 早い…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「ツッパリ」19 強気が招いた結果オーライ

中国大陸を支配した「モンゴル帝国」(大元)とその属国である 「高麗王国」が海を越え、日本本土に侵攻した事件・・・これが、 いわゆる「元寇」です。  そして、その最初が「文永の役」(1274年)、二度目が「弘安の役」 (1281年)と呼ばれています。 ただ、この侵攻は突如としてオッ始まったわけではなく、実際 には「モンゴル…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

幸運な国家 Part弐

PartⅠの昭和の「敗戦による「占領軍の統治」に続いて、 「外国の侵略」に直面した鎌倉時代の「元寇」を今回のPartⅡで、 取り上げてみよう。 実は、この時も日本にとっては 「「国家存亡の淵」であったと思えるからである。 ~元の大軍が、この日本に戦争を仕掛けてきたが、 その二度とも暴風によって自滅した~ 「元寇」に対する日…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more