テーマ:林子平

日本史の「油断」07 平成鈍感力は江戸ゆずり?

~泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず~ これは“黒船来航”(1853年)で慌てふためく幕府の姿を揶揄した幕末の 狂歌ですが、ただこの歌にはこんな誤解?を招く側面も備えています。 ~鎖国・日本に最初に到来した外国船がこの“黒船“~ これが事実でないことは、それより百年以上も前の「元文の黒船」事件を 知るだけでも…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「油断」05 老中20年の剛腕外交?

江戸時代の享和・文政・文化の期間、長きに渡って 老中(1802~1822年の間)を務めた土井利厚(1759-1822年)は、 その知名度はともかくも、「老中勤続20年」という実績を備えた 人物です。 だったら、本当に「有能な老中」だったと言っていいものか? この点について多少皮肉な見方をするなら、何事も「先送り」に 徹するこ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「言葉」13 金も無けれど死にたくも無し

親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど 死にたくも無し こんな六つの「無」を嘆いて、自ら六無斎(ろくむさい)と 号したのは「林子平」ですが、この言葉の軽妙さとその名前から 落語家・林家三平の弟子を連想してはいけません。 林子平(1738-1793年)は「寛政の三奇人」の一人に挙げられて いるほどの人物なのです。 「…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more