テーマ:織田信長

日本史の「ツッパリ」08 釜かぶり今昔物語

これは割合に有名なエピソードですが、信長は家康に その「本人」を前にして、普段通りのストレートな言葉で、 このように紹介したとされています。 しかし、それは同時に濃厚な尾張弁だったことも想像されます。 ~ええきゃー家康ドノ。このジイ様が松永弾正だでぇ。 主家に背いたばっかでにゃーで、将軍も殺したしよぅ、そんで その上に大…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「パクリ」05 ビジネスモデルは目の前に

織田信長が実現した「兵農分離」のシステムは、 (1)画期的であり、また(2)天才的な発想であると評されています。 なぜなら、それまでの「兵農兼業?」システムが抱えていた、 「農閑期しか兵を動かせない」という大きな欠点?を根本から 解消したからに他なりません。 つまり、農業に携わらない「専業兵士」に戦さを任せるこの 「…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「アレンジ」02 ”××の変”は変ではないか?

ひょいと気がついたのですが、「○○の戦い」という歴史用語? には概ねその“場所”を示しているという規則性があります。 たとえば「桶狭間の戦い」(1560年)「賤ヶ岳の戦い」(1583年) 「関ヶ原の戦い」(1600年)などはその通りの表現になっています、 ところが、これが「××の変」という名称になるとその規則性は 総崩れ?…
トラックバック:2
コメント:2

続きを読むread more

日本史の「ツッパリ」06 心頭滅却すれば・・・

昨今のお天気は極端から極端へ走る傾向があって、 夏は夏で「アッ~チイよう!」、冬は冬で「サッ~ブイよう!」と 悲鳴を上げる人も少なくありません。 この根性なしめ! ~心頭滅却すれば火もまた涼し~という言葉を知らんのか! この心意気は、臨済宗の僧・快川(かいせん)が辞世として 述べたことになっています。 「心をカラッポに…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「お国自慢」02 尾張系日本人の体験

昔からよく指摘されることですが、名古屋の人間はお世辞込みで 言うなら「保守的」、お世辞抜きなら「閉鎖的」な一面を持っている そうです。 もし仮にその通りだとしたら、その背景にある涙なし では語れない尾張系日本人?の「歴史体験」にもぜひ注目を。 保守的であり閉鎖的な性格~これをマイナスに捉えるなら、 その責任は尾張系日本人の…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

日本史の「忘れ物」03信長と平和事始

♪ 京の五条の橋の上 大のおとこの弁慶は 長い薙刀    ふりあげて 牛若めがけて 切りかかる ♪ 童謡「牛若丸」にも歌われている通り、弁慶は多彩な武器 (七つ道具)を装備したコワいお坊さんだ。 数珠ではないゾ、弁慶は確かに薙刀(なぎなた)をふりあげて いる! しかし、なんでまた坊さんが武器なんぞを?  それは、自らの権…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「謎解き」01信長の財テク

信長の政策「楽市楽座」と「兵農分離」はセットで説明されることが 多い。一般的には「楽市楽座」政策で生みだした資金を 「兵農分離」推進に回した、とするスジ書きだ。 ただ、その具体的な説明についてはあまり多くない印象がある。 ~兵農分離~ そもそも「楽市楽座」自体は、どうも信長のオリジナルということ でもないようで、それより…
トラックバック:3
コメント:0

続きを読むread more

「bonbonnoさん」の快挙

本ブログに「最初のコメント」を寄せてくださった bonbonnoさんの勇気ある「一番乗り」の快挙に 敬意を表し、本編をその名を冠したタイトルにしました。 また、それにちなんで今回テーマを「一番乗り」にしました。 「一番乗り」は多数の中のたった一つ、即ち「特殊」であり、 その他の全部、即ち「普通」とは明らかに異なる存在です。…
トラックバック:1
コメント:2

続きを読むread more

~ミスマッチな職場~

主君・織田信長に対する家臣・明智光秀の謀反「本能寺」には いったいどんな理由があったのか? 光秀が天下を狙ったのだとか、後ろに黒幕がいたとか、後世に なって色々な説明がなされてはいるものの、実はどの「説」も 万人が納得できる域までには至っていない。 今回はその「謎」に迫ってみよう。 着目する点は、光秀と信長の人間性の違い…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more