テーマ:聖徳太子

日本史の「タブー」09 人脈交錯の天皇弑逆事件

日常会話ではあまり使いませんが、「弑逆(しいぎゃく)」という言葉があります。 少し探ると、「光秀が信長を弑逆した本能寺の変」との使用例も挙げられて いましたから、要するに ~臣下・子など目下の者が主君や親など(目上の者)を殺すこと~ を意味する言葉のようです。 さてここまでは、フムフムと読み流していたのですが、その後の段に…
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日本史の「冗談?」17 歴史オンチはホラを吹く

詳しいことは忘れてしまいましたが、 ~自分は歴史にはとんと疎くて、実は室町時代と鎌倉時代のどちらが   先なのかも、よく分からない~ 昔の小説にこんな自称・歴史オンチが登場していた記憶があります。 ままあり得ないこととも言い切れませんが、これをもう少し発展させれば、 歴史オンチの会員数?はもっと増えようというものです。 ~自…
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日本史の「発明発見」07 動機?トラウマです!

生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされれば、誰だってチビる思い を味わうのは当然です。 現に、何度となく戦さを体験してきた徳川家康(1543-1616年)で さえ、あの有名な「しかみ像」を残くらいのものですからネ。 「三方ケ原の戦い」(1573年)で武田信玄軍に大敗し、自身も 落命寸前まで追い詰められた家康は、浜松城に帰還するや…
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日本史の「謎解き」17 異見はなぜ”申し訳ない”の?

中国や韓国から言いがかり?をつけられる日本の姿は 昨今よく見聞きするところですが、そうした際の日本側の態度は、 よく言えば「冷静」、有体に言うなら「無反応」?を信条としている ように見えます。 大抵は直接的な反応を控え、忘れた頃にこんな言い方を・・・ ~申し訳ないが、我が国の意見は貴国とは異なりますッ~ なんで ”申…
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日本史の「デジャヴ」08 偉人英傑も神仏にすがる

誰でも生涯に一度くらいは進退窮まる場面に遭遇するものです。 俗な言葉なら「チビリそうな思い」を味わうということで、「誰でも」 とは偉人・英傑と崇められるような人でも、決してその例外では ないということです。 その昔(587年)、大きな政治的抗争がありました。 表向きは「崇仏派」蘇我氏と「廃仏派」物部氏の対立構図に なって…
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日本史の「トホホ」07 連続”急死”事件?を疑う

「和」を説き、「仏教」を保護したという実績があるせいか、 「聖徳太子」(574-622年)の人柄には、平和で穏やかという イメージがあります。 しかし、当然のことですが、政治家として「軍事行動」の決断を 迫られる場面にも遭遇しています。 そのひとつが「新羅(しらぎ)征伐」?で、601年の派兵は成果が イマイチだったため、…
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日本史の「陰謀」01聖徳太子の狂言

もしこれが事実だとしたら、国家の大失態である。 国際的な大恥であり、国家の威信にもキズがつく。 どころが、その「大失態」がアッケラカンと記録に残されている。 ということは、どう解釈したらよろしいのか? 聖徳太子が、隋の煬帝に宛てた国書の中身は有名だ。 「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。 恙無しや、云々」  …
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滅亡☆謎の人名

指摘されているように、聖徳太子の本名「厩戸(うまやど)」に 関する逸話は確かに「イエス・キリスト」を連想させる。 両人とも馬屋またはその近くで誕生、しかも聖人である。 このことを「単なる偶然」と見逃せるほど, ヤジ馬の根性は、曲がっていないのである。 キリストの誕生 「聖徳太子」と呼ぶのは死後の諡名であって、生前の本名は…
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「女王と男弟」その虚構

「天孫降臨」の神話は、持統女帝(祖母)から文武天皇(孫)への 皇位継承の経緯をモデルにしているという指摘もある。 史実にヒントを得て、お話(フィクション)を創作している、 と言っているわけだ。 もしこれが本当なら、同様のスタイルで「お話」を作ったケースが 他にもあったとしても、不思議ではないことになる。 さて、これも「そのひ…
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~ホトトギスは鳴かない~

鳴かぬなら・殺してしまえ・ほととぎす (織田信長) 鳴かぬなら・鳴かせてみせよう・ほととぎす (豊臣秀吉) 鳴かぬなら・鳴くまで待とう・ほととぎす (徳川家康) 三人の武将の気性を的確に詠っているとされているのだが、 実はこの三人以外にも同じテーマを詠っていた人物が 多数いたことが解かってきているので、まずはご報告。 こ…
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