日本史の「事始め」18 偽物づくりと初物づくし

公家であり政治家であった岩倉具視(1825-1883年)は、明治維新の実現に
大きな貢献を果たした人物として、いわゆる「維新十傑」にもその名が
挙げられています。
このことは、幕末期における岩倉の活躍を大きく評価している証拠でも
あります。

もっとも、この「維新十傑」とは最終勝者となった明治新政府側、それも
中心になった薩長勢力自らの我田引水チックな自己評価に過ぎません。
「勝てば官軍」という言葉の通りに、こうしたことは勝者側の勝手放題です
から、岩倉具視に対する評価とてその例外ではないわけです。

実際、それとは真逆の辛辣極まる意見も見受けられ、たとえば、こんな表現
を用いる者もいないわけではありません。
~岩倉具視とは、幕末という混沌とした時期に「偽物づくり」をもって維新に
  加わった胡散臭い人物に過ぎない~

裏を返せば、こう言っていることになりそうです。
~かような人物を「維新十傑」と顕彰するのはチャンチャラ笑っちゃうゼ!~

しかし、岩倉が「偽物づくり」に努力を惜しまなかったことは、この言葉通り
ですから、結構強烈な言われ方だとしても、こうした見解を「単なる悪口」として
切り捨ててしまうわけにもいきません。
では一体どんな「偽物づくり」を?
実際には、まだまだ他にもあったのかもしれませんが、筆者程度の知識の
範囲に限っても、二つほどの「偽物づくり」を指摘することが可能です。

まず第一は、いわゆる「倒幕の密勅」なる物がそれです。
「勅」とはすなわち天皇の命令を意味しますから、「密勅」ともなれば、
「天皇が発した秘密指令」ということになります。
至高の存在である天皇が、なんでまた隠れてコソコソ命令を下さなければ
ならないのか、このこともまた不可解なお話ですが、1867年のこと、朝廷から
薩長両藩に、この「秘密命令」が伝達されたのは事実です。

その内容は、幕府将軍・徳川慶喜の追討を命じたもので、そこに使われた
文言が「慶喜を殄戮せよ」。
この「殄戮」(てんりく)とは、~殺し尽くすこと/皆殺しにすること/殺戮~
意味するそうですから穏やかではありません。
天皇の御言葉としてはちょいとばかり過激な印象です。

もっとも、幕府・慶喜側とて微妙な空気は十分に察知していましたから、
「密勅」伝達と同じ日に、それを出し抜く形で「大政奉還」を声明しています。
この声明は、幕府が朝廷に政治をお返しするとの発表ですから、自動的に
「殄戮」の対象から外れたことになり、これを深追いすることは、今度は
朝廷側の減点になってしまいます。 世論的にも、それではちょっと拙い。
ですから、「大政奉還」とは、「殄戮」を回避するための慶喜側の対応策でも
あったことになりそうで、さすがにこの点は抜かりがありません。

ところが、実はこの「倒幕の密勅」の原本が公開されることがないままに
長らくお蔵入りにされていました。
その後やっとのこと、明治維新70周年「史料(写真)」として発行(昭和11年)
されたのですが、その原本写真を目にした人の多くが唖然。 
たとえば、筆者の地元の尾張民族なんぞだと、
~なんだとぅ、この密勅には御画可も御璽もあれせんがや!~

今風なら「署名も押印もないメモ書き」?といった類であり、つまりはこの
「倒幕の密勅」の正体は、まったくのところ「倒幕の偽勅」に過ぎませんでした。
そして、その「偽物づくり」に携わった中心人物の一人が、誰あろう岩倉具視
だったということになります。

しかし、この手の「偽勅づくり」とは穏やかならざる行為で、普通に考えれば、
天皇の名を騙った国家的大犯罪です。
しかし、最終勝者となった薩長勢力にとっては、「明治維新」とは何がなんでも
近代日本の美しい幕明けでなければなりませんから、岩倉の「偽物づくり
(偽勅)」には触れたくもないし、触れられたくもありません。

そこで、岩倉を「維新十傑」に避難?させ、
~近代国家建設に貢献した大偉人を、下々の者が批評するなんぞ許さん!~
と防衛線を張ったといったところでしょうか。

しかし、岩倉の「偽物づくり」は、実はこれだけでは済みませんでした。
古い記録によれば、メッチャ昔の「承久の乱」(1221年)の折に、後鳥羽上皇
(1180-1239年)が、慣習に従って、朝敵討伐の証として官軍の大将に
「錦の御旗」なる物を与えた、とされているようです。
しかし、その「現物」がそのまま伝わっているわけでもありませんから、
このお話にどこまでの信憑性があるものか、確かな判断は下せません。

岩倉具視01 倒幕の密勅01









 岩倉具視/倒幕の密勅

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ところがギッチョン、1868年正月の「鳥羽・伏見の戦い」の折のこと、薩摩藩の
本陣である東寺に、その「錦の御旗」が突然出現したんですよね。
実は、この新「錦の御旗」・・・飾り気なく端的に言えば「ニセの錦の御旗」
・・・これの製作を企画したのも岩倉だったのです。

たかが「旗」を・・・なんで? 
現代人からすれば、なんとなく子供じみた作戦のように感じられますが、実は
自分たちが「官軍」であることを広く世間に知らしめるための、最も手早く
経済的な方法として、非常に効果的な働きをしました。

なぜなら、この旗のある所に弓を引けば、問答無用で賊軍の行動と
見做されてしまうからです。
実際、「鳥羽・伏見の戦い」の折には、戦力的にも優位に立っていた幕府軍で
ありながら、その「錦の御旗」を前にした総大将・慶喜は、たちまち戦意喪失に
陥り、その挙句には一目散に江戸へ逃げ帰っちゃた。

慶喜にとっては、「大将の敵前逃亡」の不名誉よりも、「賊軍」のレッテルを
貼られる不名誉の方がはるかに大きかったということでしょう。
そのため、新「錦の御旗」が登場して以降の幕府軍はジリ貧に陥り、結局は
幕府自体が解散(消滅/1867年)に至ったという具合です。

ですから、いささかイヤミな言い方をするなら、
~岩倉具視は「偽物づくり」で維新に貢献した~と言えるのかもしれません。
ところが、晩年の岩倉は「初物づくし」に邁進することになりました。
長らく体調不良を引きずっていた岩倉には、1883年(明治16年)の初め頃、
つまり、還暦近い年齢に差し掛かった頃、「喉頭がん」の症状がはっきりと
出始めていたようです。

この状況に心を砕いた明治天皇(1852-1912年)は、東京大学で教授を
していたベルツ医師(ドイツ人/1849-1913年)を岩倉の元(京都)に派遣し
診察させました。
ここで岩倉本人はベルツ医師から「ガンの告知」を受けたのですが、なにを
隠そう、これが「記録に残る日本初のガン告知」とされているのです。

何せ「維新の大偉人」ですから、東京に戻された岩倉を明治天皇も何度か
見舞いをしましたが、もとより回復に至ることはなく、告知から半年ほど後に
亡くなっています。
この「ガン告知」も日本ではまったくの「初物」でしたが、実はこの後における
扱い、即ち葬儀の在り方も、日本にとっては同じくまったく「初物」でした。 
日本初の「国葬」に付されたのです。

ちなみに国葬とは、~国家の儀式として国費で行われる葬儀~と説明されて
いますから、岩倉の国葬の場合なら、
~維新の大功労者の葬儀は、全国民が喪主となる葬儀なのだから、
  皆等しく喪に服しなさい~
といったイメージだったのでしょうか。

その後、本2019年に至るまでの、明治ほぼほぼ150年の間に「国葬」が
行われたのは、合計21名だけです。
しかも、そのラインナップは、そういう目線で眺めるせいか、なにやら
維新の勝利者側、殊に薩長関係者に偏っているようにも見えることころで、
たとえば、筆者がひょっこり死ぬようなことがあったとしても、薩長閥とは
まったく無縁の尾張民族ですから、「国葬」にはなれそうもありません。

それはともかく、維新十傑である岩倉具視の行動を整理すると、幕末期には
「倒幕の密勅」(1867年)や「錦の御旗」(1868年)など「偽物づくり」で維新に
貢献し、そのあと明治時代に入った晩年になっては「ガン告知」「国葬」など
「初物づくし」で有終の美?を飾ったことになりそうです。

そういえば、この維新功労者・岩倉具視の肖像は、かつては紙幣にも
採用されたことがありました。 
調べてみると、1951年発効と1969年発効の二種類の「五百円紙幣」で、
両方とも現在は発行停止になっているようです。

「発行停止」と聞いて色めき立つのは、実は先走りの振舞いで、とっても
珍しい番号とか、あるいはミスプリントなどの超レア物以外のごくごく一般的な
「五百円紙幣」は、プレミアがつくどころか古銭買取業者による買取そのものも
期待できないそうです。 
日本史上初の「国葬」に遇された人物も、この業界では「維新十傑」どころか
「十把一絡げ」の扱い?



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