日本史の「災難」02 ”面食い”は禍根を残す

「古事記」では「木花之佐久夜毘売」、「日本書紀」では
「木花開耶姫」、一般的には「木花咲耶姫」と表記する
「コノハナノサクヤヒメ(ビメ)」という名が神話に登場しています。
咲く花をイメージさせるまことに美しい名です。

この姫神が出会ったのが、「天孫降臨」で名を馳せたニニギノ
ミコト
・・・つまり、「天照大神」の孫に当たる方です。 
その「天孫」に求婚されたのですから、姫神の父親はこれを
大いに喜びました。

その気持ちの表れだったのでしょう、妹「木花咲耶姫」
共に、姉の「石長姫」(イワナガヒメ)まで差し出しました。
もっとも、求められていないのに姉姫まで差し出す父親の対応
は、現代人からすれば幾分の違和感もありますが、そこはそれ、
神話の世界ですから、こだわらずに先に進みます。

ところが、ニニギの目には姉・石長姫はどうやら「醜女」に映った
ようです。 そこで、姉・石長姫を帰して、美しい妹・木花咲耶姫
とだけ結婚することにしました。
要するに、容姿の「醜い」「美しい」という見た目だけで判断した
わけで、今風に言えば「面食い」だったということでしょうね。
ところが、姉妹の父親は、ニニギのこの態度にえらく立腹して
しまいます。 
折角の好意を無にされたのですから無理もありません。
このボタンの掛け違いが、結果としてニニギの子孫にとんでも
なく大きな禍根を残すことになったのです。

姉妹神の父親はニニギにこう言い放ちました。
~ええかね、私が娘二人を一緒に差し上げたのは理由がある
  のダ。 姉・石長姫を娶ればアンタの命は岩のように永遠の
  ものとなり、妹・木花咲耶姫を妻にすれば花が咲くように繁栄
  するだろう。 それはダ、私がこのように誓約(うけい)
  立てたからだゾ~

※古代日本で行われた吉凶・正邪・成否などを判断する一種の占い

「ウワッ、しまったわい!」 ニニギは思わず後悔したでしょうが、
そんなもんは後の祭りです。 で、この時に姉・石長姫を拒絶
したことによって、ニニギの子孫である天皇家は「岩のような
永遠の命」を保てなくなったとされています。

もっとも、「記紀」には、平気で百歳超えを記録されている古い
天皇も大勢登場されていますが、それでも神様方の寿命に
比べたら、ちゃんちゃら短命ということなのでしょう。
要するに、「面食い」したバチが当たったということです。


コノハナサクヤヒメ51 ニニギ系図01












木花咲耶姫/系図:ニニギノミコト

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さて、この結婚にはお話の続きがあります。 木花咲耶姫
一夜で身篭ったことに、当のニニギが疑惑の目を向けたのです。
~あまりにトントン拍子なのは、ひょっとしたら、本当は
  ボクの子供ではないのではないのじゃなかろうか?~

想定外の出来事だったのか、多少狼狽気味です。

そのニニギの疑心に対し、今度は木花咲耶姫ご自身が、
~ええ加減にしてください。 私を疑っているの? あなたは
  「天孫」でしょうに・・・その「天孫」の子供ということなら、
  どんな環境にあろうと立派に生まれてくるはずですッ~


要するに、元気に生まれてくるなら「天孫」ニニギの子、そうで
なかったらニニギの子ではない。 このような「誓約(うけい)」を、
今度は木花咲耶姫が立てたということです。
そこで産屋に火を放ち、その中で三柱の子を出産したとされて
いますから、木花咲耶姫もなかなかに肝の据わったオナゴです。
※「神様」は一人・二人ではなく、一柱・二柱と数える。

そこで三人を、違った!三柱を「燃えさかる産屋」で無事出産
するのですが、これを「火中出産」と言うそうです。
「水中分娩」という言葉は聞いたことはあるものの、
「火中出産」とは、今回初めて耳にする言葉です。
ひょっとしたら、この他にも「空中分娩」とか「土中出産」とかの
用語もあるかもしれませんが、この辺は寡聞にして存じません。
※人の体温程度の温水の中で出産する無痛分娩の方法

ちなみに、この時生まれた第一子が「海幸彦」(ホデリ)、第三子
「山幸彦」(ホオリ)。 魚釣りの「釣針」紛失事件の当事者として
有名なお二方です。
そして、その間の第二子が初代天皇・神武の「祖父」に当たる
「ホスセリ」ということになります。

こうしてお話は、数々のエピソードに彩られた「神代」から
神武天皇以降の「人代」へと続いていくわけですが、しかし
それにしても、露骨な「面食い」とか、妻に疑惑の目を向ける
など、いたって「自己中心」的な言動を見せるニニギって、あまり
好感の持てる性格ではありませんね。

思うに、天照大神の孫としてこの国に降臨を果たしたことで、
多分に血筋の良さを「鼻に掛けて」いたのでしょう。
現代なら、「名門出のドラ息子」といったイメージになるのかも
しれません。

ところで、そのニニギに振られてしまった姉・石長姫はその後を
どう暮らしたものでしょうか?
あまりに古いことであり、また神様の世界の出来事のため、
明確な「史料」?が残されているわけではありませんが、
こんな噂が流れました。

~天照大神の弟神・スサノウノミコトの、そのまた息子・
  八島奴美神の妻になった「木花知流比売」(コノハナチルヒメ)
  こそが、何を隠そうニニギが帰した「石長姫」だった~


この「風の噂」が正しければ、「醜女」とされた「石長姫」も無事に
結婚生活を送っていたことになります。
ですから、下の言葉はまさにこの姫神様のためにある? 
~捨てる神あれば拾う神あり~
 (うまいッ、座布団一枚ッ!)



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---これまでの 「災難」 シリーズ----------------
371 日本史の「災難」01 築城名人<せいしょこ>さん 震災と劣化二つの名城
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