日本史の「迷宮入り」18 コールド・ケース邪馬台国

たまたま手に取った本にこんな文章がありました。
~邪馬台国の所在地については21世紀に入っても議論が続いている~
その邪馬台国とはご存知の通り、いわゆる「魏志倭人伝」
(成立:280年から297年頃)にある、30ほどの国家からなる倭国の都とされ、
さらには倭国の王としての女王・卑弥呼(生年不明/没年242~248年)が
居住していたとされる土地です。

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『三国志』中の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条

それほどの歴史を刻んだ「邪馬台国」の確かな所在地が分からず、
今もその議論が続いているとしたら、これはちょっとした事件です。
もっとも、だからこそ「邪馬台国はここだ!」系の意見が数多飛び出し、
歴史ファンを楽しませているのかもしれませんが。

ただ学会の主流に限れば、江戸時代から現在まで「九州説」と「畿内説」の
二説が有力候補とされているようです。
ということであれば、「議論が続いている」という説明は、言葉を換えれば、
この二説の内「どちらが正しいのか」、その最終結論を出しかねている
ことになります。

そういうことなら逆に、「どうして?」という気分にもなります。
なぜならその「魏志倭人伝」には、出発地・帯方郡(今の韓国ソウル付近)
から最終目的地・邪馬台国までの行程を、移動手段を含め、距離や方角や
日数に至るまできっちり表してくれているのです。
だったら、これを律義に辿っていくだけで、迷子にならず間違いなく無事に
到着できるはずだから。

ところがギッチョン! ここに記されたデータをそのまま信用すると、
~邪馬台国は太平洋の真ん中~になっちゃうそうです。
アトランティス大陸でもあるまいに海中に没した「邪馬台国」なんて、
さすがに、ちょっとヘンです。

それに「邪馬台国七万戸」という案内もその通りで、仮に一戸4~5人が
住んでいたとしても、70,000戸×4.5人=315,000人ともなれば、これだけ
でも、すでにこの時代の推定総人口の半分ほどを占めてしまいます。
その意味でも、「魏志倭人伝」の道案内は当てにならないと言えるのかも
しれません。

なんでそんなことになるかと言えば、記事の根本的なところにあやふやな
点が数多くあるからでしょう。
そもそも著者である官僚・陳寿(233-297年)さんの執筆態度?にも
そうした傾向が窺えます。
ご自身が、邪馬台国まで実際に足を運んで書いたものではなく、記事の
大方はせいぜいが伝聞程度のことと推察されますから、あやふやな点が
払拭しきれていないのは仕方のないことかもしれません。

さてそうなると、先の「九州説」や「畿内説」は、いささかあやしい
「魏志倭人伝」の他から得たデータも取り込み、さらにそこで一工夫を
加えて登場したことになります。
ただし、筆者に限れば、「九州説」と「畿内説」のどちらか一方だけが
正しくて、他の一方をてんでの間違いとする考え方は採りません。

えぇ、日本人特有の「足して二で割る」方式を意識してのことです。
まあ、それは冗談としても、「魏志倭人伝」と並行して日本最古の歴史書と
される「古事記」(712年)や、また日本最古の正史とされる「日本書紀」
(720年)を睨んでのことなのです。

ここに登場する一連の説話は、まあ全体的には神話と捉えるべき内容なの
でしょうが、逆にまるまるの作りごと・フィクションとも思えません。
この時代にこれほどのスケールを備えたお話を一から「創作」することは
ちょいとばかり難しい気がするからです。

そして、ここに語られていることを素直に受け止めるなら、結局のところ、
「九州説」または「畿内説」の片方だけが絶対に正しくて、他の一方が
トコトンの間違いということでもなくなるのです。


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 神武東征

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一連の説話とはいわゆる「神武東征」のことであり、その内容は、
後に初代・神武天皇となる猛者が日向(九州)を発ち、奈良盆地と
その周辺地域(畿内)を征服したというお話になっています。

こういうお話を創作することが難しいということなら、つまりは、
うすうすながら残っていた
~我らのご先祖様は九州からこの畿内に移動してきた~とする、
民族としての記憶が骨格になっているのではないかと考えられます。

もし、こうした考え方を採るなら「九州」にあった「邪馬台国」自身が、
ずっと東方の「畿内」へ移動したと解釈されるわけで、つまりは
「九州説」または「畿内説」のどちらか一方だけが正しいということでも
なくなります。

またついでのことに、「畿内」に移動してきた「九州」の「邪馬台国」が
「ヤマト政権」の礎となり、それがそのまま「大和朝廷」へと発展して
いったと考えれば、「九州説」も「畿内説」も、そして「神武東征」も、
三つのファクターが割合矛盾なく収まる印象です。

念のためですが「九州」を外せないのは、そもそも「魏志倭人伝」自体が、
朝鮮半島から九州へ至る行程を説明していますし、もう一つには
いわゆる「天孫降臨」の神話も無視することができなからです。

この「天孫降臨」の神話自体が、簡単に言えば、
~我が民族の祖は最初に筑紫の日向(九州)に立った~と主張しているの
ですから、民族にとってその九州の地が無関係であるはずがありません。
つまり、その時すでに「邪馬台国」と名乗っていたかどうかは別として、
後にそうなる勢力が九州を拠点にしていたことは疑いようもないわけです。

但し、それはともかくとして「女王・卑弥呼が住んでいた邪馬台国」と
いうことなら、今度は「畿内説」に軍配が上がるような気がします。
一番の証拠物件は「箸墓古墳」(奈良県桜井市)で、これが卑弥呼の墓で
ある可能性があるからです。

もっとも少し前までは、女王・卑弥呼が死んだ時期とこの箸墓古墳の
築造時期にはズレが認められ、「卑弥呼の墓」とするには無理があると
されていたようです。

しかしまあ、こうした流れによる「畿内説」は、ひょっとしたら筆者の
お手柄かと思いちょいと探ってみると、なんのこともありません。
そんなのはとっくの昔からあったばかりでなく、もっと深い見解にも発展
しているようです。

そして、そうした見解もさらに、
~邪馬台国が畿内に移動してヤマト政権となった~とする説と、
これとは別に~邪馬台国の勢力は畿内で成立したヤマト政権に滅ぼされた~
とする説に分かれるようです。

そういうことなら、筆者的には邪馬台国がそのままヤマト政権になったと
する説に便乗したいところです。
なぜなら、理由はメッチャ単純で「邪馬台」国はそのまま「ヤマト」と
読める、つまり同じものだと考えるからにほかなりません。

勝ったからこそ「邪馬台国/ヤマト国」の名が残ったと受け止めている
わけで、もし敗戦していたのならその国名もおそらくはその時点で消滅
していたような気がするのです。

それにしても「邪馬台国」をわざわざ「やまたいこく」なんて読ませた
のはいったい誰なのだろう?
このことについても、一通りの説明がありました。

~古くから大和国(やまとこく)の音訳として認知されていたが、
 江戸時代に新井白石(朱子学者・政治家/1657-1725年)が
 通詞今村英生(1671-1736年)の発音する当時の中国語に基づき音読
 したことから「やまたいこく」の読み方が広まった~

なんだ、「邪馬台国」はやっぱりもともとが「やまとこく」だったのか。
そんなことなら、せめて学校では「やまとこく」と教えて欲しかったなあ。

余談ですが、タイトルにある「コールド・ケース」とは、
~長期間にわたり完全には解決していない犯罪、いわゆる未解決事件
 迷宮入り事件~
を意味する言葉だそうですから、今回テーマである
「邪馬台国」にピッタシな冠だと自画自賛しているところです。




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