日本史の「ツッパリ」25 地の果ての孤立文明圏

昔学校の授業で学んだ「世界四大文明」の記憶がひょっこり蘇って
きました。
ひょっとしたら、トラウマ体験による「フラッシュバック」現象
なのかもしれませんが、似て非なる「八つの文明圏」なんて言葉に
でくわしたせいです。

さて、人類最初の文明として確かこの四つを挙げ「世界四大文明」
と説明されたように記憶しています。
黄河文明     (前7000年頃~) 現在の中国
メソポタミア文明 (前3500年頃~) 現在のイラクあたり
エジプト文明   (前3000年頃~) 現在のエジプト・
                   アラブ共和国あたり
インダス文明   (前2600年頃~) 現在のインド・
                   パキスタンあたり

そして、いずれの文明も「大河」の麓で誕生したことを強調する
ためか、それぞれの「川の名前」もいちいち覚えさせられまし
たっけ。
○黄河 ○チグリス川・ユーフタテス川 ○ナイル川 ○インダス川
だったはずです。
誤解される前に最初に断っておけば、これらの名称をスラスラ
並べられるのは、筆者の記憶力が素晴らしいからではなく、
横目でWikipediaをカンニングしているからに過ぎません。

それはともかく、そうした中で「八つの文明圏」ときたのです
から、従来の「世界四大文明」に、たとえば南米大陸のアンデス
文明や古代ギリシャのエーゲ文明などを加えて、合計八つにした
もの、このくらいに思うのは、まあ自然な流れです。
ところがその類ではなく、~現代の地球に存在する八つの文明圏~
ほどの意味合いだったのです。

この言葉の出処は、どうやらアメリカ合衆国の国際政治学者・
サミュエル・P・ハンティントン(1927-2008年)博士の著書
「文明の衝突」(1966年)とされ、その著作の中で、博士は地球
の文明圏を以下のように八つに分類しています。

中華文明→前15世紀頃に発生し儒教に基づいた文明として発展。
 (中国・台湾・朝鮮・韓国・ベトナム・シンガポールから成る)
ヒンドゥー文明→前20世紀以降、インド亜大陸に発生・発展した
 ヒンドゥー教を基盤とする文明圏。
イスラム文明→7世紀から現れたイスラム教を基礎とする文明圏。

続いては四つ目以降の文明圏として、
東方正教会文明→16世紀にビザンティン文明を母体として16世紀
 に発生した正教(キリスト教の教派の一つ)に立脚した文明圏。
西欧文明→8世紀に発生し西方教会に依拠した文明圏である。
 19~20世紀は世界の中心だったが、今後は中華・イスラム圏に
 対して守勢に立たされる。
ラテンアメリカ文明→西欧文明と土着の文化が融合した文明で
 あり、主にカトリックに根ざしている文明圏。

さらには、七つ目の文明圏として、
アフリカ文明→アフリカ世界における多様な文化状況に配慮
 すれば文明の存在は疑わしい。
 (主要文明に分類できないかも?)を挙げ、この他については、
~たとえばモンゴル・チベット・ミャンマーなどは仏教文化と
 して、その中に括られてはいるが、文化圏と積極的には
 考えられない~
としています。

こうなってくると、気になるのが我が「日本」です。
地域も近く、儒教の影響も受けた時期もあったことを思えば、
普通には「中華文明」のメンバーに加えられていると考えそうな
ところです。 ところが、ギッチョン。 
実は上の七つの文化圏の他に八つ目があって、それはこのように
説明されているのです。

日本文明→2世紀から5世紀において、中華文明から派生して
 成立した文明圏であり、日本一国のみで成立する孤立文明。
日本一国~だけであり、しかも~孤立文明~ときた。
しかし、メッチャ広い世界の中のトンと小さな列島国が、
「世界の文明圏」を八つに分類したその一つを担っている
なんて、これって凄くない?

ホントにそうなのか?
この点は、下の「世界地図」でも確認できます。
日本列島だけがピンク色に塗られていて、そのピンク色の凡例に
目をやれば、キッチリ「Japanese」と案内されているのです。

そして、この世界地図の隅から隅まで、どこをどう探しても
ピンク色は日本列島のみ。
つまり、~日本一国~だけであり、しかも他の文化圏とは全く
隔絶された~孤立文明圏~というわけです。

map_8_bunmeiken_01.jpg
「文明の衝突」/世界の八大文化圏

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もっとも、こうした「学説」には反対意見がつきもので、
この「文明の衝突」も例外ではありませんでした。
たとえば、フランスの学者からは、こんな反論もあったとされて
います。
~日本は決して孤立文明圏ではなく、ドイツに似た文明を
 持っている~
 正直なところ、この辺りの論争になると筆者の
知識では完全にお手上げの状態になります。

またどうやら、こんな感想?が付いて回っているのも事実のよう
です。
~記事の多くはイスラム圏、ロシアについてであり、他の地域に
 関してはおまけ程度の扱いである~

つまり「Japanese」についても、その内容は「おまけ程度の扱い」
に過ぎないと言っているわけです。
内容を漏らさず読み込んだわけではないので強弁はできませんが、
少なくともこの説明を鵜呑みにすることはできません。

なぜなら、もしイスラム圏・ロシア関連以外の記事が本当に
「おまけ程度の扱い」であるのなら、独立した文化圏として
わざわざ「Japanese」を設けるなんて面倒くさいことをする
必要もないからです。

たとえば、漢字や仏教や儒教などの共通性を取り上げることで、
とりあえず「中華文明」の一員に加えておく方法も、そうそう
無茶なこととも思えませんし、
実際そうしたやり方の方が、ホントの意味で「おまけ程度の扱い」
ということになるはずです。

ところが、そのようには扱わず、世界の中ではゴマ粒程度の
エリアに過ぎない日本列島という、その極小のエリアを
「Japanese」として取り上げて、他地域とは明確に区別して
いるのです。
これを、「おまけ程度の扱い」ということはできません。

少なくともハンティントン博士は、そのように区別しなければ
ならない理由を見出していたことになりそうです。
それが何なのか、確かなところは著作の内容を確かめる他に
なさそうですが、少なくとも、このような認識を持っていた
のは確かでしょう。

~「Japanese」文明は儒教に基づいた「中華文明」とはまったく
 異なっている~

そのように断言されると、その「異なり方」のほうもちょいと
知ってみたい。
で、以下はハンティントン博士のオリジナル学説とはまったく
無関係に、筆者が無責任に思い描いた妄想ということになります。

「孤立文明圏」と聞いて真っ先に連想したのが、江戸期における、
いわゆる「鎖国」体制でした。
当時の日本自身の主観はともかく、たとえば現在視点で客観的に
眺めるなら、これも一種の「孤立文明圏」だったかもしれません。

もっとも、この時期は社会制度の多くが「儒教(朱子学)仕様」
で動いていましたから、この折には、ほぼぼぼのところ
~儒教に基づいた「中華文明」~の仲間入りをしていたと言って
いいのでしょう。

それが、その後欧米からは地球最果ての地「極東」と扱われ、
その中で「明治維新」(1867?-1877年?)という民族経験を
踏み、20世紀には世界の中でも独自の「孤立文明圏」として
挙げられているのですから、その間の変化はめまぐるしいったら
ありゃしない。

ですから、こんなワケの分からない地域を、世界の文明とは
切り離して「孤立文明圏」としたハンティントン博士の手法は、
案外に正鵠を射ているといえるのかもしれません。


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