日本史の「大雑把」08 我らの棲処はこう呼ぼう

地上の様子は地球を離れた空間にある人工衛星からもハッキリと観察できる
時代になって、そうした映像は時折ニュース放送などでも流されています。
昨今で言うなら、特殊軍事作戦と銘打ったロシアによるウクライナ侵攻の
報道がまさにそれで、侵攻初期において、ロシア軍戦車の隊列が道路上に
一直線に並ぶ姿が連日のように伝えられました。

そうした映像の特徴は、河・森・山・道路などの配置やまたその規模や広さ
についても、鳥瞰的に割合に分かりやすく把握できることです。
逆にいえば、そうした「鳥の目線」がない場合には、広角な範囲での地形の
把握はしにくいことになります。
では、そうした「鳥の目」となり得る気球や飛行機や、はたまたドローン
などがなかった昔々の人たちは、自分たちを囲む土地や山・海・川などの
地形をどのように捉えていたのでしょうか。

こんな疑問を抱いたのは、これもまたある意味昔々のことですが、筆者の
学校時代に社会科(地理を学んでいるとき)の授業の折のこんな出来事を
ひょっこり思い出したからです。
日本地図を広げての授業で、先生が我ら生徒に向かってこんな質問を投げ
かけました。

~滋賀県のど真ん中に「琵琶湖」がでんと構えていることは一目で分かる
 だろうが、では、なんでこの湖を「琵琶湖」と呼ぶのか知っているか?~

そんなこと知るもんですか、知っていれば授業に出る必要もない。

そこで先生の説明。
~それはだなぁ、えぇか、当時の人がこの湖の全体の形が楽器の「琵琶」に
 似ていると考えたからなのだ。~

あぁさようか。 でも先生御自身はそれを理解しているのだろうけれど、
我ら生徒連中には、その「琵琶」なる楽器の形がまず分からない。


 biwa_gakki_05.jpg 琵琶

そこで、図鑑なんゾを広げてみると、当時でもまあだいたいは上のような姿で
紹介されていました。 そこで我ら生徒は思う。
~どこが似ているというのか。 琵琶に例えるには随分歪んだ形状であって、
 それを琵琶と呼ぶなぞはかなりの強弁だ。 
 ということは、要するに昔の人は琵琶湖の地形を正確に把握できていなかった
 のではないか?~


その時は、そんな感想を抱いただけで済ませてしまいましたが、その時から
幾久しい現在になって、ひょっこり頭をもたげてきたのがこんな疑問。
~琵琶湖クラスの規模でも、このようにメッチャ大雑把な地形把握だったと
 したなら、自分たちが住んでいる地理全体については、一体どんなイメージ
 で押さえていたのだろうか?~


「住んでいる土地」とは、今の言葉なら国土ほどの概念になるのでしょう。
それを思ったとき、最初に浮かんできた言葉が「大八洲」(おおやしま)でした。
説明はこうなっています。
~神話に基づく日本の美称で、イザナギ・イザナミの二神(夫婦)による
 国生みによって生じた八つの島をいう。~


国土が神サマによって創られたというお話は、なにやらキリスト教にある
「天地創造」のエピソードも連想させます。
それはともかく、ではその八つの洲(島?)とは?
これについては見解の相違も見られるようで、こんな説明になっています。

~『日本書紀』は、本州・四国・九州・隠岐島・佐渡・越洲(北陸道)・
 大洲(山口県屋代島か?)・吉備子洲(きびのこじま)(岡山県児島半島)を
 あげる。~


北海道や沖縄が仲間入りしていないのですから、現在感覚とは幾分離れた
印象になりますが、これには異論もあったとされ、
~たとえば『古事記』は、本州・四国・九州・隠岐島・佐渡(ここまでは
 『日本書紀』と共通)、以下、淡路島・対馬・壱岐の八島とする。~


要するに、「国土全体」という概念やその地形については、十分に掌握し
きれていなかったことになりそうですが、しかし全体が「大陸」型ではなく、
海に浮かぶ数多の島々からなる「列島」型であるとの自覚はあったようです。

というのは、こんな解釈もあると示されているからです。
~「大八洲」とは美称であり、実数ではない。
 「おお」は美称、「や」は多数の意で、「多くの島」を意味する。~

上の説明にある~多数を意味する「や」~とは、たとえば「八百万神」
(やおよろずのかみ)の場合と同じ「八=や」のことを言っているのでしょう。


 kuniumi_shinwa_01.jpg tonbo_mure_01.jpg
 日本神話・国生み / トンボの群れ

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ただ、この列島を指す言葉は、この「大八洲」以外にも数多ありました。
ちょいと探っただけでもイヤになっちゃうほどの数の名称があって、それを
並べ出せばキリがありませんが、話のついでということで、そのうちの
いくつかを挙げておくことにします。

○葦原中国(葦原の中つ国/あしはらのなかつくに)
 この「葦原」とは、豊穣な地を表すともかつての一地名とも言われる、と
 ありますが、「中つ国」については少々宗教(神道)的な解釈も加わって
 くるようで、こんな説明になっています。

~「中つ国」とは、天上の高天原と地下の黄泉 (よみ)の国との中間にある現実の
 地上の世界のこと。~

少々乱暴な解釈をするなら、こんな感じになるのでしょうか。
~神々は天上の「高天原」に住み、死者は地下の「黄泉国」に住み、そして
 生きている人間が住んでいるのが、その中間にある「中つ国」である。~


要するに、その「環境」関連については述べているものの、「地形」についての
言及はなされていないのです。
逆に言えば、当時の人々は「地形」については「列島」であること以外に
あまり関心を抱かなかったということかもしれません。

二つ目は、これです。
○秋津島/秋津洲(あきつしま/あきづしま)
  『古事記』では 「大倭豊秋津島」(おおやまととよあきつしま)、
 『日本書記』では「大日本豊秋津洲」(おおやまととよあきつしま)。

そして、この「秋津」は古くは大和国にあった地名と推定されるとあり、
さらに、
~後世、大和国にかかる枕詞となり、さらには国号ともなった。
 蜻蛉 (トンボ)は「あきづ」とも称し、豊穣の季節を象徴する昆虫であった
 ことから、五穀豊穰な土地柄を示す地名となったらしい~


へぇ、でもそれって、あくまでも「らしい」レベルのお話でしょうに。
要するに、確証や自信があっての説明ではないわけで、ということなら、
別の解釈があってもいいことになりそうだ。
現に「大八洲」に対する解釈でさえ「古事記」と「日本書紀」では明らかに
異なっているではないかえ。

そこで、この際筆者も「秋津島(トンボ島)」に対する独自の解釈を披露して
みることにしたのです。
いえね、筆者本人は画期的な新説・真説だと自負するものの、ひょっとして、
他人サマからは奇説・珍説・駄説・トンデモ説などの誹りをうけることになる
かもしれませんが、えぇそれは覚悟の上です。

と、すこぶる大袈裟に構えてみたものの、筆者の説はそれほどに大仰なもの
ではなく、そのキーワードは先からも触れている「地形」なのです。
えぇ、「秋津島(トンボ島)」とは、数多の島々からなる列島の、単にその
地形全体を指して言ったのではないか、ということです。

えぇ、トンボ一匹の姿ではさすがにそうはなりません。
でもトンボが群れ飛ぶ姿だったらどうでしょう。
説明を加えるなら、トンボの群れ=数多の島々、という解釈です。

そして、この印象を「八百万神」に倣った信仰的言葉で表現するなら、
当然に「八百万島」(やおよろずのしま)となり、つまりは当時の人々が
抱いていたイメージ「列島国土」ともぴったりフィットした言葉になって
いることに気が付きます。

ということで、「秋津島(トンボ島)」に対する筆者的解釈は一件落着。
お忙しい中で、真説?駄説?にここまでお付き合いくださったみなさまの
御厚情に感謝申し上げる次第です。 ホントにお疲れサマでございました。




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