日本史の「謎解き」32 俳諧師弟テクテクほそ道

ネットの徘徊中にたまたま出くわしたWikipedia『おくのほそ道』は、ざっと
こんな説明になっていました。
~おくのほそ道(奥の細道)は、芭蕉が崇拝する西行の500回忌にあたる
 1689年(元禄2年)に、門人の河合曾良を伴って江戸を発ち、奥州、北陸道を
 巡った旅行記である。
 全行程約600里(2400キロメートル)、日数約150日間で東北・北陸を巡って、
 元禄4年(1691年)に江戸に帰った。~


どこがどうとすぐさま指摘することはできなかったものの、この説明には
いささかの違和感を覚えました。
そこで、まずはここに登場している人物から少しのチェックを入れてみる
ことにしたわけです。

(俳人)松尾芭蕉(1644-1694年) 伊賀国にて土豪一族の次男として生まれる。
(門人)河合曾良(1649-1710年) 旅に随行し『曾良旅日記』を残した。
(歌人)西行  (1118-1190年) 歌人・僧侶・武士であり俗名は佐藤義清。
ここらあたりは特段に怪しい雰囲気は感じられません。


 okuno_hosomichi_01.jpg 『奥之細道』上巻(昭和7年)

しかし、これに続く文章は明らかにヘンだ。
~全行程約600里(2400キロメートル)、日数約150日間で東北・北陸を巡って、
 元禄4年(1691年)に江戸に帰った。~


当時は、平年一年が12ケ月でおよそ364日、閏年一年なら13ケ月でおよそ
384日程度となる太陰太陽暦(いわゆる旧暦)を使っていたはずです。
であれば、1689年(元禄2年)のとある出発日の「約150日後」に当たる日は、
その出発が年初ならもちろんのこと、仮に年末大晦日に出発したとしても、
帰った日が「元禄4年(1691年)」になってしまうことはないはずです。
なるほど、ここに無意識の違和感を覚えたわけだ。

そこで、元禄2年03月27日の出立以降の芭蕉(46歳)と曾良(41歳)の旅程
を確認してみました。
Wikipediaの説明をメッチャ大雑把に整理し直すとこうなります。

 03・27/(東京都)江戸を出立→
→04・01/(栃木県)日光→  →04・04/(栃木県)黒羽 雲巌寺・光明寺
→04・19/(栃木県)那須 温泉神社→ →04・20/(栃木県)白河の関。

→05・02/(福島県)飯塚の里→   →05・04/(宮城県)多賀城
→05・09/(宮城県)松島→     →05・13/(岩手県)平泉
→05・14/(宮城県)尿前の関→   →05・17/(山形県)尾花沢
→05・27/(山形県)山形領立石寺→ →05・29/(山形県)新庄

→06・05/(山形県)出羽三山→   →06・10/(山形県)鶴岡
→06・14/(山形県)酒田→     →06・16/(秋田県)象潟

→07・04/(新潟県)越後 出雲崎→  →07・13/(新潟県)市振の関
→07・14/(新潟県)越中 那古の浦→→07・15/(石川県)金沢 
→07・25/(石川県)小松→     →07・16/(石川県)加賀 片山津
→07・27/(石川県)山中温泉→

→08・05/(石川県)小松 那谷寺→ 
→08・07/(石川県)大聖寺 熊谷山全昌寺→
→08・09/(福井県)越前 吉崎→  →08・10/(福井県)丸岡 天龍寺
→08・14/(福井県)敦賀→     →08・21/(岐阜県)大垣到着

なんだ、やっぱり全旅程は150日ほどのことではないか。
そう思いきや、大垣到着の後の部分にコッソリこんな一文が。
~9月6日 芭蕉は「伊勢の遷宮をおがまんと、また船に乗り」出発する。 ~

どうやら、この後の芭蕉は伊勢神宮の式年遷宮を拝むために再び旅に出たよう
です。
そしてそれが六度目の、別の言葉なら生涯最後の伊勢神宮訪問となったと
されています。

 okuno_hosomichi_map_02.jpg basyou_sora_hosomichi_01.jpg
    奥の細道MAP / 芭蕉と曾良

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そして「奥の細道」旅行の後、約2年間は上方(京・大坂)で過ごしたようで、
後に「俳諧の古今集」とも称される俳諧撰集『猿蓑』(編集:向井去来/野沢
凡兆)を完成させたのも時期のこととされています。

その事業を済ませた芭蕉が江戸に戻ったのが元禄4年(1691年)で、要するに、
冒頭の説明に~元禄4年(1691年)に江戸に帰った。~とあったのは
ここまでを含めてのことと思われます。

しかし、違和感を生んでいたのはこれだけというわけでもないようです。
というのは、よくよく眺めたその移動ぶりにも、ちょっとした驚きを禁じ
得ないからです。
だって~全行程約600里(2400キロメートル)、日数約150日間~ですよ。
単純に計算したって、2、400km÷150日≒16、0km/日ということです。
ところが、上の旅程をチラ見しただけでも分かる通り、実際にはその地に
留まって移動なしの日も少なからずあるのです。

ということは、ときには逆に1日に50kmもあるいは60kmも移動しなくては
ならない日もあったことになります。
まあ時には、地元の人たちの好意によって馬などに乗れる幸運もあったかも
しれませんが、しかし仮にそんな幸運に恵まれたことがあったとしても、
西部劇のように馬をブッ飛ばすことはなかったはずですから、結果的にその
スピードは馬を引く馬子の、つまり普通の徒歩速度と変わりなかった
と思われます。

そこで、ちょっとばかり江戸日本橋から京三条大橋までの「東海道五十三次」の
徒歩旅行を参考にしてみました。 
もちろんその旅人の事情によって様々だったでしょうが、昔の人はその距離
ザっと490kmほどを、15日くらいで歩いたとされています。

つまり、平均すれば30km超/日となるのです。
だったら、奥の細道2、400 km150日(≒16、0km/日)も、昔の人の感覚では
さほど大した旅程ではなかったのかもしれません。

しかも、年齢の問題もあります。
芭蕉46歳、曾良41歳の時のことですから、現代人の感覚なら芭蕉60歳前後、
若い曾良でもバッチリ50歳超え程度にはなるところです。
そうしたことまで含めてこの道程を歩き切ったとするなら、いやぁ昔の人の
健脚ぶりは、車社会に慣れ切った現代人どもを威圧するだけのインパクトを
備えていますね。

それはともかく、この「おくの細道」旅行に触れる時には欠かせない話題が
あります。 いわゆる「松尾芭蕉忍者説」です。
芸術家・俳諧師が同時に諜報員・忍者だなんてちょっとばかり荒唐無稽な
印象になりますが、そのように受け止められる背景があったのも事実です。

ついでに、それらもちょっと並べてみると、
○芭蕉は忍者の里として知られる伊賀国の生まれである。
○伊賀流忍術の祖とされる百地丹波の子孫説もある

要するに、忍者向きの環境で生まれていることが、なんとなく雰囲気を
高めています。

また、
○150日もの旅に必要な相当資金の出処は?
幕府隠密であったとしたら、その場合はアゴ・アシ代は当然幕府持ちになる
ので自腹を傷めずに済むという解釈です。

では、仮に諜報員・忍者だったとしたら、いったいどんな任務に?
○仙台伊達藩の動向を探ることだったのではないか。
当時幕府から莫大な費用がかかる日光東照宮の修繕を命じられていた仙台伊達藩
がこのこと不満を募らせ謀反に走ることを、幕府は大いに警戒する状況にあった
のではないか。

さらには、
○幕府隠密芭蕉ではなく、門人・河合曾良その人ではなかったのか?
芭蕉の死後、曾良は幕府側の調査員として、九州で諸藩の政治状況や幕令の
実施状況を調査する仕事にも携わった。

こうした「松尾芭蕉忍者説」は面白いが何らの証拠もないゾってか。
そりゃあアナタ、やろうとしていること自体が絶対の秘密扱いなのですから、
こんなところに幕府の「命令文書」や芭蕉の「偵察日誌」などが残されて
いるハズもありまへんでぇ。
考えてみれば、至極当然な経緯と言えましょう。




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