日本史の「数字」08 お歴々は五世孫を主張した

北アメリカや南アメリカ、あるいはオーストラリアなど海外に移住した日本人
(日系人)を指して「日系○世」という表現が用いられることがあります。 
その場合、たとえば「二世」ならこのような説明になります。
~(海外移住した)いわゆる「一世」を親とする世代の日本人(日系人)を表す
 言葉で、その一世の孫世代ないし二世の子供達は「三世」と称される~


~なるほどなぁ、基準となる世代が「一世」であり、その世代が下るごとに
 「二世」「三世」という具合に数字が増えていくのか~

それほど難しい理屈でもありませんから、筆者のこうした素直な理解は間違って
いないはずでした。 
ところがギッチョン、そうとは言い切れない説明にぶつかったのです。


jinmu_tousei_01.jpg 天照大神の五世孫・神武天皇

たとえば、初代天皇とされる「神武天皇」の履歴書?はこうなっています。
~「古事記」・「日本書紀」によれば(皇祖神である)天照大神の「五世孫」であり、
 日向から大和国への東征で大和勢力を撃ち破り、日本を建国したとされる~


しかし、「日系二世・三世」と同様の数え方で指折りカウントしてみると、
これがどうも合わない。
そこで、「天照大神の系図」の各世代を書き並べた上でカウントすることに
したわけです。 書き写してみると、その世代継承はこうなっています。

○天照大神   (あまてらすおおみかみ)  ※皇祖神 
→天忍穂耳尊  (あめのおしほみみのみこと)
→瓊瓊杵尊   (ににぎのみこと)     ※天孫降臨の当事者
→火折尊    (ほおりのみこと)     ※山幸彦として知られる。
→鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)
→神武天皇

ここまで準備できたら、さて先の「日系一世」と同じカウント方法でおもむろに
カウント再挑戦です。 
すると、何度数えてもこうなっちゃうのですよねぇ。(数字は代数)

一世・天照 →二世・天忍穂耳 →三世・瓊瓊杵 →四世・火折→
五世・鸕鶿草葺不合 →六世・神武
あっちゃー、これでは五世ではなく、六世になってしまうではないか。

何かヘンだ。 
そこで「血族」の数え方について再確認してみると、こちらの場合は本人を
基準「0世代」とするのだそうで、以降はこのように続くと説明されています。
~ 一世・子 → 二世・孫 → 三世・曽孫 → 四世・玄孫(やしゃご)
 → 五世・来孫(らいそん) → 六世・昆孫(こんそん)→七世・仍孫
  (じょうそん)→ 八世・雲孫(うんそん)~

ちなみに、雲孫(八世孫)以降の世代については特に決まった呼び名は
ないようです。

なるほど、天照を基準「0世代」とするこのカウント方法なら、以下は、
~一世・天忍穂耳→二世・瓊瓊杵→三世・火折→四世・鸕鶿草葺不合
  →五世・神武~
と続き、天照大神の「五世孫」とする「古事記」・「日本書紀」の
説明にも矛盾は生じません。

これまでとんと無頓着でしたが、つまりは「日系二世」との表現の場合は
基準となる人物を「一世」としており、そして「日系」ではなく、たとえば
「五世孫」などの表現の場合には、基準となる人物を「0世」として以降の世代を
数えていく方法になっていることを今回改めて知ったわけです。

ちなみに、「来孫」がこの「五世孫」ということですから、
~神武天皇は天照大神の来孫~と紹介してもいいことになります。
ただ、続柄も孫・曽孫・玄孫までは割合多くの人に認知されている印象ですが、
来孫以降の呼び方をご存知の方はさすがに少数派だと思えます。

そこで、「古事記」・「日本書紀」の編者も敢えて「来孫」とは言わず、指折り数えて
理解できる「五世孫」という言葉を使うことにしたのかもしれません。

ただ、折角の気配りを頂いたものの、「日系二世」という言葉に引きずられた
筆者なぞは、そのカウント方法を思う存分に間違えていたことになります。
それはともかく、神話の世界だけでなく日本史の場面でもこの「五世孫」と
いう言葉が使われていることをひょっこり思い出したのです。


 keitai_tennou_02.jpg tairano_masakado_03.jpg
 応神天皇の五世孫・継体天皇 / 桓武天皇の五世孫・平将門

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たとえば、第26代に数えられる継体天皇(450?-531年?)です。
「古事記」・「日本書紀」は共にこう記しています。
~継体天皇は第15代・応神天皇(生没年不明)の5世の子孫である~
そこでさきほど同様に、その応神天皇を基準「0世」として数えてみることに
しました。

0世・応神天皇
一世・稚野毛二派皇子(わかぬけふたまたのみこ) ※16代・仁徳天皇の弟
二世・意富富杼王  (おおほどのおおきみ)
三世・乎非王    (おいのおおきみ)
四世・彦主人王   (ひこうしのおう) ※応神天皇の玄孫/継体天皇の父
五世・継体天皇 ※応神天皇の来孫

あら嬉しや、履歴書?の通りちゃんと「五世孫」(来孫)なっています。
ただ、そのことを手放しで喜んでいいのかどうかは、これまた別問題です。
というのは、こんな説明も補足されているからです。
~第25代・武烈天皇に子がなく、その死後越前から迎えられて(継体は)即位
 するが、大和入りにはその後20年を費やした~


つまり、当時の人たちの中にも、その正当性に疑問を持つ人が少なくなかった
ことが窺えるのです。 そればかりではありません。
~筑紫の国造・磐井(?-528年?)が大和朝廷に敵対した「磐井の乱」(528年)も
 この継体朝で起こり、その支配が内外ともに大きく動揺した~

ともされていますし、さらには、
~継体天皇ののち、安閑朝、欽明朝が並立したとする説もある~

しかも、「古事記」では近江から迎えたとされ、一方の「日本書紀」では
越前から迎えたとされているのです。
ですから、この継体天皇の氏素性は、実は結構怪しいと言わざるを得ません。
しかし、とにもかくにも、この「五世孫」という肩書がその正当性を担保して
いたことにはなりそうです。

というこは、ひょっとしたら応神天皇とは縁もゆかりもない、血筋の異なる
人物に「五世孫」を冠したことだって考えられないわけではなさそうで、
実は、こうした「五世孫」はこの後の歴史にも登場しています。

平安時代中期の武将・平将門(?-940年)です。
この将門もまた、自身の血統を第50代・桓武天皇(737-806年)の「五世孫」に
当たるとして、その正当性を主張しました。
西の「天皇」に対し、自身は東の「新皇」を名乗ったわけです。

その名乗りにインチキがなかったのかどうか、ちょいと確認しておきましょう。
系図をなぞればこんな内容になっていますので、例によってその基準となる
桓武天皇を「0世」として数えてみることにします。

0世・桓武天皇
一世・葛原親王(かずらわらしんのう/786-853年) ※桓武平氏の祖
二世・高見王 (たかみおう/生没年不明)  ※実在を否定する意見もあり
三世・高望王 (たかもちおう/生没年不明) ※平高望と改名
四世・平良将 (たいらのよしまさ/生没年不明) 
五世・平将門 (たいらのまさかど/?-940年)※桓武天皇の来孫?

将門の主張通り、一応は桓武天皇の「五世孫」とはなっています。
しかし、その御先祖の中には実在を疑われる御仁もあることから、必ずしも
太鼓判を押せる「五世孫」とは言い難い印象も拭えません。

という按配で、日本史において血統の正当性を主張しようとすれば、どうやら
逆算してこの「五世」が一つの区切りになっているようにも感じられます。
言葉を換えれば、いかにその血統にあったとしても、それが「五世孫」(来孫)より
遠い、たとえば「六世孫」(昆孫)、あるいは「七世孫」(仍孫)ほどの説明になって
しまうと、その血統の正当性は認め難いとする暗黙の約束事があったのかも
しれません。

その傍証として、養老律令(757年)を取り上げることが出来そうです。
~皇親としての王は、天皇の孫(二世孫王)、曽孫(三世王)、玄孫(四世王)であり、
 五世王は「王」と称することが許されたものも、皇親としての王に当たらない~


ということは、血統の「正当性」を訴えられるギリギリの限界が、この「五世孫」
だったことになるのでしょう。
こういう事情があって、神武天皇も、継体天皇も、はたまた平将門も口を
揃えて、この限界線上にある「五世孫」を訴えた、ということなのかも
しれませんねぇ。




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