日本史の「数字」06 天皇賢臣の前と後の三房

「日本三大○○」という表現を時折見かけることがあって、つい最近のこと
本ブログでも、いわゆる「日本三大仇討ち」に触れたことがあります。
もっともこの折は、本当に「仇討ち」という判定が妥当なのかという点で
いささかの疑問を呈した内容になったのですが。
          ※日本史の「微妙」07 日本三大仇討ちのモヤモヤ

さて最近は筆者も「コロナ禍で巣ごもり」という今どきの平均的日本人の
ライフスタイルを送っているのですが、そんな中、ひょんなことから
「日本三大○○」に似た「三房」という表現に遭遇したのです。
筆者の目耳に馴染んだ言葉でもなかったので、普段ならうっちゃっておくところ
ですが、しかし、今はコロナ禍巣ごもりの状況ということもあって、ちょいと
時間つぶしに、そこらへんを散策?してみる気になりました。


 souhei_51.jpg 僧兵(山法師)

はて、三つの房? いったいなんのこっちゃ?
せいぜいがブドウの房、あるいは大相撲の土俵で四方を示す房(総)、
はたまた、その相撲力士の体形から連想した乳房くらいしか思い当たりません。
もっとも、いくらボリュームがあるからと言って、男性の胸にあるものを
「乳房」と表現することが適切なのかどうかはイマイチ自信がないのですが。

さて、本題の「三房」に戻ります。
これには、さらにミステリアな表現で「前の三房」「後の三房」という言葉が
連なっていました。 
そこで、正体に迫ってみると、こんな説明になっていました。
~名前に「房」の字が付く3人の賢臣~ なんだ、人の名前なんだ。

そして、「前の三房」とは
~平安時代の第72代・白河天皇(1053-1129年)に仕えた三賢臣~
とのことで、具体的にこの名が挙げられています。
いずれも大層に博識で、かつ優秀な実務官僚だったようです。

藤原伊房(これふさ/1030-1096年) 議政官として左右大弁を兼帯
大江匡房(まさふさ/1041-1111年) 儒学者で大学頭
藤原為房(ためふさ/1049-1115年) 同時に一族繁栄の基礎を構築

正直に言えば、筆者はこの「三房」の方々をよく知りませんが、その主人
であった白河天皇の名には記憶がありました。
「平家物語」で、白河天皇はこうボヤいたとの説話を覚えていたからです。
~賀茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの~

ついでですから、その意味合いも付記しておきましょう。
○「賀茂河の水」とは、古来氾濫を繰り返す暴れ川として知られていた
 賀茂川がもたらす水害のこと。
○「双六の賽(さい)」とは、盤双六の二つのサイコロが出す「賽の目」の
 こと。
○「山法師」とは、勝手な理由にかこつけては日吉山王社の神輿を担いで
 都に雪崩れ込み強訴を繰り返した比叡山延暦寺の僧衆(僧兵)のこと。

要するに、この三つは白河天皇にとっての「三大不如意」とも言えるもの
だったかもしれません。
殊に、この「山法師」が繰り返す強訴を制御することには、この後の政権も
なかなか叶わず、結局その解決は、五百年後の戦国時代の織田信長
(1534-1582年)の出現を待たねばなりませんでした。

言葉を換えれば、その間の「山法師」(寺社勢力)による無体勝手な行動は、
天皇でさえ押しとどめることができなかったわけです。
そして、この「前の三房」の二百年以上後になって登場したのが、第96代・
後醍醐天皇(1288-1339年)の側近として仕えた「後の三房」でした。

その顔触れは以下の通り。
  ○北畠親房(ちかふさ/1293-1354年) 南北朝時代の南朝を指揮
万里小路宣房(のぶふさ/1258-1348年) 鎌倉に後醍醐側の特使として
             派遣されて釈明を行い、主君の無罪判決を得た
  ○吉田定房(さだふさ1274-1338年) 後醍醐の建武政権で要職を歴任


 kitabatake_chikahusa_01_.jpg tennou_godaigo_01.jpg
     北畠親房 / 後醍醐天皇

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この「後の三房」は、よほど後醍醐天皇の信頼が厚かったのか、
こんな説明も加えられています。
~いずれも彼らの家柄では通常考えられない権大納言にまで昇進した~
こんな調子ですから、何事せよ後醍醐ありきで、つまりは「南朝絶対」の
立場にあったわけです。

そのことがよく分かるのが、北畠親房の手による歴史書「神皇正統記」です。
2巻本とも3巻本ともいわれているようですが、内容は神国としての日本の
成立から、当の後醍醐天皇の第14皇子であった人物が第97代・後村上天皇
(1328-1368年)として践祚するまでの事績を天皇の系譜を辿りつつ述べて
います。

特徴的なのは、三種神器、すなわち八咫鏡(やたのかがみ)、
草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)に対する
解釈で、こんな意味のことを述べているのです。

~八咫鏡は正直、草薙剣は知恵、八坂瓊曲玉は慈悲の本源をそれぞれ象徴
 している~

そういう解釈に立っていますから、朝廷の南北朝が並立する形になったことに
対しては、南朝の正当性を主張しています。
この時期に、その三種神器を手中に収めていたのが南朝側だったということも
あったのでしょう。 

言葉を換えれば、こう言いたかったのかもしれません。
~三種神器を備えていない北朝なぞは、正直も知恵も慈悲も、何も持って
 いないことになるわけだから、とてもとても正当とは言えないッ~


そういうことなら、「神器なき即位」だった第82代・後鳥羽天皇(1180-1239年)
も真っ赤なニセ天皇と言うことになってしまいそうですが、「神皇正統記」は、
そこは歴代天皇としてちゃんとカウントしているようです。
その辺の事情、線引きについては寡聞にして存じません。

「三種神器」については、実は「儒学」がドッキングしたかのような解釈も
あったようで、カッコ内がそれに当たります
~八咫鏡は正直(知)、草薙剣は知恵(勇)、八坂瓊曲玉(仁)~
考えてみれば、大和民族固有の信仰を儒学の徳目で説明できてしまうのも
ヘンと言えばヘンなのですが、信仰の世界ではこのような強引さも、時として
認めてしまうものなのかもしれません。

さて、いささかブレ気味の進行になってしまいましたが、成り行き任せで、
ますます「神皇正統記」に突っ込んでいきます。
ずっと後の時代になって、この「神皇正統記」を絶賛した人物が現れました。
その名を知らない日本人なぞ、まずいないと言っていいくらいに超有名な
「水戸黄門」です。

もっとも水戸黄門とは芝居やドラマでよく使われる名であり、正式な名は
徳川光圀(1628-1701年)となります。
江戸幕府を開いた徳川家康(1543-1616年)の孫に当たり、歴史書「大日本史」
の編纂という大事業に取り組み、その中で光圀はこの親房の主張を高く評価
しました。

光圀自身が儒学、というよりは新儒教を言うべき「朱子学」に熱心だったこと
もあって、そこに神道、国学をも取り入れた思想が練り上げられていきます。
それが少し形を変えていったことで、幕末期諸藩の行動原理をサポートする
理論にまで発展していき、やがては江戸幕府解散にまでつながっていった
のです。
その政治思想は、明治時代以降は「水戸学」と呼ばれるようになりました。

さて、今回は「三房」を話題としましたが、意外なことに大相撲の土俵には
この上を行く「四つの房(総)」なるものがあります。 それがこれ。

   ○黒の房/玄武(げんぶ) 方角は西(西北隅) 神は黒い亀
   ○赤の房/朱雀(すざく)  方角は南(東南隅) 神は赤い鳥
○緑の房/青龍(しょうりゅう)  方角は東(東北隅) 神は青い龍
  ○白の房/白虎(びゃっこ)  方角は西(西南隅) 神は白い虎
いわゆる中国の神話「四神」に由来しているわけです。

さてテーマの「三房」とはいささかかけ離れますが、幕末期に官軍との対決を
控えた会津藩では、武家男子を中心に、その「四神」対応したこんな軍構成を
したそうです。(1868年3月)

○白虎隊 年齢17歳以下
○朱雀隊 18歳-35歳まで
○青龍隊 36歳-49歳まで
○玄武隊 年齢50歳以上

官軍に焼かれている若松城を見て、敗戦と受け止めた隊員全員が飯盛山で
自決に及んだのがその「白虎隊」で、その年齢を思えばなんとも痛ましい
出来事だったことを、いま改めて痛感しています。




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