日本史の「災難」16 幕末の同時多発逆転劇

黒船来航(1853年)から大政奉還(1867年)くらいまでの15~16年間ほどの
期間を一般的に「幕末」と呼んでいます。
普通に考えれば「江戸幕府の末期」という意味なのでしょうが、その有様は
まさに「激動の幕末期」と呼ぶにふさわしい状況を呈しました。

それが一番よく分かるのは、絵に描いたような「逆転劇」がどこにも頻発
したという歴史的事実であり、その状況はまさに「幕末の同時多発逆転劇」
と表現して差し支えないものでした。


 koubugattai_kazu_parade_01.jpg
 皇女和宮の降嫁行列の図

とは言っても、これだけでは分かりにくいでしょうから、そうした「逆転劇」
のいくつかを並べてみることにします。 まずは朝廷の場合。
ここは公武合体路線から真逆の討幕路線への大逆転劇を演じています。

「黒船来航」当時の第121代・孝明天皇(1831-1867年)は、幕府による
政治を是としていました。
歴史的にも長らく続いてきた伝統的な形態であり、しかもそれまでにさほどの
不都合までは経験していなかったからです。

ところが、この時期の幕府はいささか求心力を失いつつありました。
そこで、孝明天皇は幕府に手を差し伸べる形で「公武合体」路線を模索
しました。

自分の妹姫・和宮(1846-1877年)を幕府第14代将軍・徳川家茂(1846-1866年)
に降嫁(1862年)させることで「朝廷+幕府」体制の構築を目論んだわけです。
ところが、この孝明天皇が36歳の若さで突然の崩御。

その後には、孝明天皇の皇子が第122代・明治天皇(1852-1912年)として
即位しました。
この明治天皇になってから噂されたのが、いわゆる「討幕の密勅」です。
要するに、「将軍を殺して幕府を倒せ」とする密勅、つまり天皇の秘密命令
ということになります。

それを知った幕府第15代将軍・徳川慶喜(1837-1913年)は、先手を打って
政権返上、すなわち「大政奉還」(1867年)に及びました。
ぐずぐずしていたら、密勅通りに「殺され」てしまいかねないことを心配した
からです。
これにより、政権は幕府の手を離れ、以後は朝廷が担うことになったのです
から、紛れもない大逆転劇でした。

では、当の江戸幕府の場合は?
祖法大事としていた幕府は、攘夷(外国を追い払って鎖国を維持する)を
モットーとしていました。
鎖国は祖法(御先祖が定めたルール)だと信じ込んでいたからです。

しかし、新たに大老に就任した井伊直弼(1815-1860年)は、アメリカとの
間に「日米修好通商条約」を締結(1858年)しました。
諸外国の開国圧力には抗しきれない勢いがある。
それを肌で感じていた井伊直弼は、その上でなお完全攘夷を続けようとする
ことは到底無理だと判断したわけです。

「攘夷」方針を棚上げする形で「開国」に踏み出した幕府のこの姿勢も、
これもはやり逆転劇と言っていいのでしょう。
それに、これより少し後の幕府内には、将軍以外の政治権力も生まれて
います。 いわゆる「一会桑政権」です。

バリバリの尊王攘夷急進派である長州藩を御所警護役から追い出した
「八月十八日の政変」(1863年)より以降、そして徳川慶喜が第15代将軍に
就任するまでのその間、京都政局に支配的な地位を占めた体制です。

一橋家当主/徳川慶喜(1837-1913年) 禁裏御守衛総督
 会津藩主/松平容保(1836-1893年) 京都守護職
 桑名藩主/松平定敬(1847-1908年) 京都所司代 天皇を守る
それぞれ、出身元の文字の頭を並べて「一会桑」です。

そして、この「一会桑政権」体制は江戸の幕閣とは一定の距離を有しつつ、
京都にあっては幕府勢力を代表する役割を果たしました。
ですから、少なくとも京都では、幕府政権そのものもまた見事な逆転劇に
見舞われていたことになりそうです。


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      孝明天皇宸翰 /会津若松鶴ケ城
 
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さて、共に御所警護を担っていた長州藩・薩摩藩・会津藩も、それぞれに
想定外?の逆転劇に見舞われています。
「八月十八日の政変」で長州藩が追放されたのは、そもそもが自らの
その過激な言動に原因がありました。

「幕府がナンボのもんじゃい!」との威勢の良い姿勢を示す長州藩を、
公武合体路線を是とする孝明天皇は嫌いました。
幕府に対する感情があまりに違いすぎていたために、
~長州の言動はエキセントリック過ぎて、朕は好かぬ!~
という感情になっていったものしょう。

その分、同じく御所警護を担う会津藩・松平容保には絶大な信頼を置いて
いました。
容保に宸翰(天皇直筆)を授けたのもその気持ちの表れだったのでしょう。
それにはこんな意味が書かれていました。
~容保よ、よく尽くしてくれるなぁ、ホントに感謝し信頼しておるゾ~

要するに、「八月十八日の政変」以後、孝明天皇が存命中の期間は
~天皇は会津藩に全幅の信頼を寄せ、長州藩をメッチャ毛嫌いした~
状況にあったわけです。
であれば、妹姫・和宮の降嫁によって孝明天皇義弟の立場になった将軍・
家茂率いる幕府とて朝廷と足並みを揃えるのは当然です。

ところが、長州藩の過激ぶりは一向に収まる気配もなく、ますます先鋭化
するばかりで、ついには幕府の二度にわたる「長州征討」(1864/1866年)に
まで発展していきました。

最初の「長州征討」には、昨日まで仲良く御同役を務めていた薩摩藩も
参加しています。 つまり、ここでは敵同士として戦ったわけです。
そして、この長州征討を主導したのが先の「一会桑政権」の面々だったのです。

ただ、薩摩藩は二度目の「長州征討」には加わりませんでした。
日本の将来を見据えれば、ここで長州藩を叩き潰してしまうのは良策では
ないとの判断が働いていたのでしょう。
面白いことに、一会桑政権にあった徳川慶喜もまた二度目の征討は中止して
います。 もちろん自分を取り囲む政治的状況を判断してのことでしょう。

この「長州征討」時点では、正式な政府とはえど幕府そのものに他なり
ません。 ですから、こんな構図を呈していたことになります。 
~政府軍(幕府軍)VS反乱軍(長州軍)~

ところが、「長州征討」の後、孝明天皇崩御を受けて明治天皇に代替わり
すると、再びの逆転劇が演じられます。
~官軍(朝廷/長州藩ほか)VS賊軍(幕府/会津藩ほか)~
つい最近までの官軍・賊軍がそっくり入れ替わったということですから、
いやはや、この頃に演じられた「同時多発逆転劇」は目まぐるしい。

初めの「長州征討」で征討を仕掛けた側、つまり長州の敵に回った薩摩藩も
思いっ切りのいい逆転劇を演じています。
二度目の征討に加わらなかっただけではなく、「薩長同盟」(1866年)まで
実現させたのです。 昨日の敵は今日の友。
このことによって、第二次「長州征討」で何らの成果を挙げられなかった
幕府の敗北という結果になりました。

しかし、その経緯には悲劇的な逆転劇も演じられています。
とりわけ悲惨だったのは会津藩でした。
孝明天皇の公武合体をサポートしていた松平容保は、「八月十八日の政変」で
長州藩の御所追放に成功しましたが、その翌年の「禁門の変」(1864年)では、
その長州軍と再びの抗戦を迎えました。

一時は劣勢に立たされたものの、窮地に薩摩藩兵が駆け付け、長州を全面
撤退に追い込みました。 ここまではよかった。
しかし、徳川慶喜と共に戦った「鳥羽・伏見の戦い」(1868年)で薩摩・長州
を中心とした政府軍に敗れた松平容保は、さらにこの後に北越の諸藩が結束
した奥羽越列藩同盟の中心的存在となって会津戦争(1868年)を起こし
ました。
しかし武運拙く、とうとう若松の鶴ケ城に籠るまでに追い詰められ、ついには
敗北。

降伏後しばらくは、罪人として幽閉すら味わいました。
このことは、宸筆を賜った忠臣から国家反逆人への大逆転劇でもあったわけ
です。
ただ付け加えておくなら、謹慎を解かれた後の松平容保は、叙勲もされ
日光東照宮の宮司を務めました。
えぇ、江戸幕府創立者・徳川家康を神格化した東照大権現を祀っているのが
この日光東照宮なのです。




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