日本史の「油断」11 乱世終えたら麒麟がくる

最終回まで一年の長丁場という理由もあって、大河ドラマにはこれまで あまり関心を寄せていませんでした。 ところが本年は放送直前に主要配役の一人を演じる女優さんの不祥事、さらに その後には新型コロナウイルスの影響などがあって、何かとその行方に注目 させられました。 そこで、ついでのことに今回、その大河ドラマ「麒麟がくる」の主人…
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日本史の「ツッパリ」27 事前情報は留め置きに

代将マシュー・ペリーが率いる蒸気船2隻を含む艦船4隻のアメリカ海軍が 浦賀に姿を現した事件を一般的には「黒船来航」(1853年)と言い、そして またこの事件から明治維新に至る期間を「幕末」と呼んでいます。 ~泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず~ その幕末の黒船来航の折の日本側の対応ぶりを揶揄した狂歌です。 ただ…
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日本史の「落胆」07 戦国布教は花咲かず

未知の宗教であったキリスト教を日本に初めて伝えたのは宣教師 フランシスコ・ザビエル(1506-1552年)でした。 1549年に鹿児島に到着して以後、平戸、山口、京となどでその布教活動に 努めたとされています。 もっとも、ガチガチの一神教であるキリスト教の教えを日本に広めるには 多くの苦労が伴ったのは事実でした。 元から…
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日本史の「微妙」15 江戸出版界の異色仕掛人

江戸後期の浮世絵師で戯作者である山東京伝(1761-1816年)は 「手鎖50日」の刑(1791年)を申し渡されたことがあります。 牢に収監されるほどの重罪ではないとされたものの、出版統制を破った ことがその理由でした。 じつはこの際に咎めを被ったのは作者・京伝だけでなく、出版元の蔦屋重三郎 (1750-1797年)も連座…
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日本史の「信仰」17 初めに東と西があった

昔々の大和民族は太陽を特別な存在として崇める信仰心を持っていたと 考えられています。 そのことは、民族の長である大王の祖先神の名が「空を照らす神サマ」と いう意味を備えた「天照大神」、つまり太陽神であることも一つの裏付けに できそうな印象です。 東から上って西へ沈む・・・まあ、よほど特殊な事情がない限り、太陽は 日々この…
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日本史の「トホホ」30 人望なくば戦も勝てず

~とりわけ有能な官僚だが、武将としては戦下手~ 戦国時代の武将・石田三成(1560-1600年)に対する現代人の平均的な評価は 概ねのところこのあたりに落ち着きそうです。 戦争戦闘の類が得意ではなかったのは確かなようで、そのことは実質的な 大将デビュー戦となった「忍城の戦い」(1590年)でも例外ではありません でした。 …
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