日本史の「アレンジ」22 ローカル風味の士農工商

孔子(前552?-前479年)に始まった「儒教」を新たな形で体系化・発展させた
「新儒教」ともいうべき思想は、その創始者の名を取って「朱子学」と呼ばれ
ました。 中国南宋・朱熹(1130-1200年)、つまり「朱子」(朱先生)による
新学問ということです。

じつはこの思想は、日本にも割合早い時期に伝わっており、たとえば、
第96代・後醍醐天皇(1288-1339年)に殉じた忠臣・楠木正成(生年不明-
1336年)が見せた損得抜きの献身的行動などは、紛れもなくこの「朱子学」
精神に基づいたものだったとされています。


 jyukyou_syushigaku_01.jpg 儒教・孔子/朱子学・朱子
 
ただ「朱子学」には順風満帆ばかりでなく、逆に「偽学」として排斥された
時期もありました。
そうした浮き沈みもあって、朱熹自身も弾圧を受けるなど不遇の晩年を
送ったとされていますが、最終的にはインテリ層の学問として幅広く受け入れ
られていき、元朝(1271-1368年)の時代になると国家教学の地位をこの
「朱子学」が占めるほどになっています。

本場・中国でそうした動向になれば、その中国と朝貢柵封(俗にいう親分
子分の)関係にある朝鮮・高麗王朝(918-1392年)がそれに追随するのは
当然です。
親分が熱を上げていることに、子分の立場の者が無視するわけにもいかない
からです。
ですから、高麗王朝もまた、この朱子学を唯一の学問(官学)とすることに
して、それまで馴染んでいた仏教を廃しています。

本場・中国や朝貢国・朝鮮がこんな動きを見せていた中にあって、同じ
東アジアの、そのまた東端に位置する島国・日本だけは、その後しばらく
朱子学に縁遠い環境にありました。
なにせ力がものをいう戦国乱世の只中にあったのですから、朱子学が訴える
学問・思想・理論などはあまり大きな意味を持たなかったのかもしれません。

ただ戦国乱世を終焉させ、江戸幕府の創始者となった徳川家康(1543-1616年)
だけは、この「朱子学」に大きな関心を寄せました。

家臣・明智光秀(1528-1582年)の謀反により、その主君であった同盟者・
織田信長(1534-1582年)が呆気なく散り、さらにその後には、その信長の
家臣であった羽柴(豊臣)秀吉(1537-1598年)が主家・織田家を乗っ取る。
こうした光景を我が目で目撃してきた体験が家康にはあったからです。

~こんな、なんでもありの世の中では徳川家の永久不滅はあり得んゾ~
そこで、「孝(親孝行)」を最高最大の徳目としていた朱子学に注目した
わけです。

家康は、こう考えました。
~朱子学の教えを、家臣だけでなく広く諸藩・世間に広めることで、
 謀反や乗っ取りなどのモラルハザードを抑止することにしよう~

そこで、江戸幕府も「朱子学」を公式学問として採用したのです。

この「孝」を追求していけば「御先祖様大事/祖法絶対」となり、さらには、
それを実践する者は「モラルをわきまえた立派な人間」と評価されることに
なります。
つまり、かつて家康が目の当たりにしてきた戦いや謀反や乗っ取りなど、
「なんでもあり」ではない、秩序ある穏やかな社会が実現するわけです。

この「朱子学」と本来一体に扱われるものが「科挙」です。
今でいうなら、国家公務員採用試験ほどのイメージになるのでしょうか。
この「科挙」に採用された唯一の試験科目が「朱子学」ということであり、
このハンパでなく激烈な受験戦争を勝ち抜いて選抜された朱子学エリートが
「士農工商」の身分序列の最高位に立つ「士」、即ち士大夫ということに
なります。

ところが、公式学問として「朱子学」を採用した江戸幕府は、じつはもう
一方の「科挙」には見向きもしませんでした。
こうした日本民族の姿は、本場・中国や柵封・朝鮮からすれば「朱子学」の
本質を理解できない劣等民族であるという解釈になり、それがために見下す
ことにもなります。


 shinoukousyo_mibun_01.jpg 身分序列/士農工商
 
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~朱子学を取り入れながら「科挙」を無視する日本はメッチャ文明の遅れた
 地域であるばかりでなく、そこに生息するのは無知蒙昧な野蛮民族である~

なぜ、こんな受け止めになるのか?

「科挙」抜きでは、当然のこと「士」が誕生しないからです。
それはつまり、朱子学の骨格となる身分序列「士農工商」が維持できないと
いうことです。
中国・朝鮮からすれば、その肝心なことに気がついていない日本、という
受け止めになりますから、見下す態度になるのも当然かもしれません。

「士農工商」の身分序列維持のためには「科挙」に代わる選抜基準が
必要です。 ところが、~「科挙」抜きで「士農工商」を維持~しようと
するのですから「大難題」です。
朱子学後進国?である日本がこの「大難題」に対して採った対策は
選抜基準を「家柄」とすることでした。

えぇ、「科挙」に代わる物差しとして「家柄」を採用したのです。
簡単に言うなら、
~家老の子は家老、足軽の子は足軽~という身分システムです。

このシステムなら、朱子学の最高最大の徳目である「孝」ともよく馴染みます。
なぜなら、これに従えば、原則的に息子が父ちゃんを超えた身分になることは
ないわけですから、言葉を変えれば、朱子学の「祖法(御先祖様の生き方・
ルール)大事」の精神にもうまく合致していることになります。

その上に、ちょっとしたテクニックも用いればさらに万全です。
~「士農工商」の「士」とは朱子学エリート「士大夫」のことではなく、
 「武士」のことを意味する~
 こんな解釈にしたのです。

偶然なことに、身分序列最上位を示す言葉「武士」には「士」が使われて
いますから、この説明でも極端に不自然ということにはなりません。
そればかりか、朱子学の理念「士農工商」は瑕疵のない形で実現されている
ことにもなるのです。
もっとも、本場・中国や柵封・朝鮮からしたら、子供だましで噴飯物の説明
だったのでしょうが。

しかし、「士」に対する選考基準に「科挙」を外して「家柄」したことは、
確かにそれなりの不自由・不都合は生じたものの、社会全体からすれば成功
でした。
なぜなら、本場・中国や柵封・朝鮮では、政治に関わる人材は超難関「科挙」
試験を勝ち抜いた、いわば朱子学原理主義者ばかりですが、日本の場合は、
そうでない人物が紛れ込む余地も残されていたことになるからです。

平穏な時代なら、政治を司るのが朱子学原理主義者ばかりでもよかったの
かもしれませんが、世界が狭くなり、外国との接触が避けられなくなった時代、
つまり日本でいうなら、風雲急を告げる幕末期の頃には、どの国の「士」も
最悪な対応を示しました。

外国と聞いただけで頭に血が上ってしまい、ほとんどヒステリー状態で攘夷
(外国は追っ払え)の叫び声を上げるばかりでした。
どんなに叫んだところで現実の状況が変化するものでもないのですが、それでも、
何ら効果的な手を打てないまま、さらに攘夷を唱え続けるのです。

もちろん、日本では「士」に当たる武士も、朱子学は必須の教養として
修得していましたから、朱子学原理主義者もどきの人物も少なからずいた
ことは事実です。
そうした人たちの外国に対する対応は、中国・朝鮮と同様に攘夷一辺倒で
やはり最悪でした。
なにせ原理主義者ですから、一歩そこから離れてみることも冷静沈着に現実を
見つめ直すことができないのです。

こう言えば分かりやすいのでしょうか。
~日本では政治に関わる者の中で、朱子学原理主義者は少数派の存在で
 あったが、「科挙」によって「士」を選抜していた本場・中国や柵封・
 朝鮮では、ほぼほぼ全員が、冷静に現実を眺めることができない朱子学
 原理主義者であった~


「近代化」という大事業は、当然のことながら「外国」の存在を認めること
から始まります。
ところが攘夷とはそうではなく、意識の中でその存在を無視する、見下す
あるいは消してしまう作業になるということです。

かくして、こういう結論が導き出されるのです。 
~朱子学が国家の近代化を妨害した~
19世紀から20世紀にかけての東アジア国家(中国・朝鮮・日本)の
近代化過程を知るにつけ、その思いを強くするところです。

そんな思いから眺め直してみると、江戸時代の陋習として悪評紛々である
「家柄選抜方式」も、日本の近代化には意外に大きな貢献を果たしたことに
なるのかもしれません。




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