日本史の「油断」11 乱世終えたら麒麟がくる

最終回まで一年の長丁場という理由もあって、大河ドラマにはこれまで
あまり関心を寄せていませんでした。
ところが本年は放送直前に主要配役の一人を演じる女優さんの不祥事、さらに
その後には新型コロナウイルスの影響などがあって、何かとその行方に注目
させられました。

そこで、ついでのことに今回、その大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公・
明智光秀(1528?-1582年)を当欄で取り上げることにしたのです。
ただなにぶんにも大河オンチの筆者ですから、そもそもこのタイトルの
意味合いさえよく分かっていません。


kirin_beer_01.jpg 麒麟/中国伝説上の霊獣 

そこで調べてみると、こんな説明が。 
まず「麒麟」とは、~平和な世に現れる、あるいは聖人が出現する前兆として
 現れる中国伝説上の霊獣~
だそうで、同時に~優れた人~との意味合い
も備えているとの説明になっていますから、要するに、動物園で見かける
首の長い生き物「キリン」とはまったく別物ということになります。

そこで、この説明から先走って想像するに、本ドラマの「麒麟」とは、
「本能寺の変」(1582年)で自らの主君である織田信長(1534-1582年)を
倒した光秀自身のことを指している?

なぜならば、信長といえば、既存社会を徹底的に破壊することを是として
活動していた人物ですから、言葉を換えればこの乱世の元凶的存在です。
その信長を粛清?したのですから、光秀こそが平和構築に努めた「麒麟」
その人であったとの解釈も成り立つような気がするからです。

ただ、今回の大河ドラマについて率直な感想を述べるなら、チラリと横目で
眺めただけでも、やたら目に障るのが、登場人物たちが身にしている衣装の
ケバさです。
時代的雰囲気を、このカラフル過ぎる衣装がぶち壊している。
そんな印象をモロに受けてしまった筆者は、結果本年もまた大河ドラマから
縁遠くなりそうです。

それはともかく、その「本能寺の変」についてはこんな見方もあるよう
なので、この機会にちょっと触れておきましょう。
それは、結果的に信長暗殺事件「本能寺の変」となったものの、当初は
まったく異なる計画だったとするものです。

もっと直截に言うなら、そこにあったものは「信長暗殺計画」ではなく
なんと「徳川家康暗殺」だったというお話で、その家康暗殺計画は、主君・
織田信長から家臣・明智光秀に命ぜられたものの、最終的には当の光秀が
裏切る形で、逆に信長を討った。 こんな流れのお話でした。

信長の同盟者の立場にあった徳川家康(1543-1616年)は、この事件勃発の
とき、確かに堺に滞在していました。
最強の軍事力を備えた甲斐・武田氏を滅亡(1582年)させて、ちょっと
ホッとした時期にあった信長が誘ったものです。 

普通に考えれば、これは家康に対する慰労の意を込めた信長の好意だった
ということになるはずです。
ところが「家康暗殺計画説」では、これは慰労ではなく信長が家康を
暗殺するために堺におびき寄せた、との解釈になります。

信長の招きで安土城を訪れた家康は、その後信長の勧めを受けて家臣30余名
とともに堺に滞在しました。
その裸同然の家康を、光秀の軍勢が一気に攻撃する企てだったのに、土壇場で
攻撃目標を家康から信長に変えたことで、結果として「本能寺の変」になって
しまったとする見方です。


 akechi_mituhide_51.jpg 明智光秀
  
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根拠がないわけでもありません。
「変」に従軍した光秀配下の武士が、江戸時代に入ってからこんなことを
書き残しているのです。
~あの時(下っ端の)ボクたちは徳川家康を討つ行動だと聞かされていた~

だからといって、この時の光秀軍の標的が家康だったとは断言できません。
標的が家康だったにせよ、信長だったにせよ、この時の光秀軍の行動は
「極秘軍事行動」に他なりませんから、一兵卒にまでいちいち真の標的を
伝えていたとは考えにくいとも言えるのです。

それに、この「家康暗殺計画説」は小田原を本拠としていた北条氏を
いささか過小評価している印象にもなるところです。
後には羽柴(豊臣)秀吉(1537-1598年)の手によって壊滅(1590年)に
まで追い込まれますが、この時期には難攻不落の小田原城はまだ健在であり、
しかもそこに構える北条氏はメッチャ意気軒昂でした。

という状況であれば、信長としてはそうした関東方面の課題を同盟者・家康に
任せることで、自らはむしろ朝廷や幕府や寺社の問題に集中したかったよう
にも考えられなくはありません。
西(京)と東(関東)の両方位活動ということでは、さすがの信長にも手に
余るものがあるからです。

現に信長は、それまで三度ほど信長包囲網(反信長連合)を経験しています。
○第一次/1570年 北近江・浅井長政/三好三人衆/荒木村重/一向衆など
○第二次/1571年 将軍義昭/阿波三好氏と松永氏の同盟/など
○第三次/1576年 将軍義昭/本願寺/中国・毛利氏など
その中には、危機一髪・命からがら一目散に逃げ帰るという苦い経験もある
のです。

ですから、小田原・北条氏への牽制を家康が果たしてくれることは、
信長包囲網を作らせないという意味からも、信長にとってはメッチャ大きな
バックアップだったように思えます。
そういうことであるのなら、この時点での信長による家康暗殺計画は考え
にくい。

では、ナニユエ光秀は信長を亡き者に?
そこで思い浮かぶのが、光秀は信長にメッチャ深い恨みを抱いていた、
とする、いうなれば「怨恨説」です。
これも、まったく根拠がないわけでもありません。

キリスト教宣教師ルイス・フロイス(1532-1597年)が、こんなことを
書き残しているからです。
~徳川家康たちのための盛大な饗宴の接待役に明智光秀を任じた
 信長は密室において話し合っていたが、なにかの反論をした光秀は、
 逆上した信長から一度か二度の足蹴を受けた~


しかし、この説を真正面から受け止めるのもいささか危険なのかもしれません。
~口答えにせよ足蹴にせよ密室での出来事を、一介の宣教師がナニユエ
 事細かに承知しているのか?~

フロイスがその場に同席していたとは考えにくいからです。

そうすると、「変」の原因を「怨恨説」以外に求めることになります。
たとえば、昨今注目されている「四国説」も、ほどほど妥当という印象にも
なります。
~土佐の戦国大名・長宗我部元親(1539-1599年)と関係の深い明智光秀が、
 恭順の意を示した元親を攻めようとする信長を止めるべく「本能寺の変」
 を起こした~
 これが四国説の説明になります。

要するに、光秀からすればこんな面持ちになるのは自然だということです。
~長宗我部で収まりかけている四国に、なんでいまさら戦を起こさにゃ
 ならんのだ~ 


すでにこの時の信長は、三男・信孝(1558-1583年)を総大将として
四国方面軍を編成し四国攻めの指示を下していました。
そして、その軍が四国へ向けて出港するべく予定されていた日が、まさしく
「本能寺の変」の当日だったのです。

ですから、こういう状況を大河ドラマ的な雰囲気で眺めてみると、
~「本能寺の変」とは四国における一触即発の大戦を、その寸前で食い止めた
 行動だった~
 こんな言い方もできないわけではありません。

つまり、その意味では四国外征にストップをかけた形になった光秀自身が
~平和な世に現れる中国伝説上の霊獣~となったようにも見え、その意味では
まさに「麒麟がくる」行動そのものだったということもできそうです。

で、以下は「麒麟」の余談。
動物園で見られるキリンは英語で言うところ「ジラフ」であり、日本に
それが上陸する前はジラフを指す日本語はなかったようです。

明治も40(1907)年頃、上野動物園がドイツの動物商からその「ジラフ」
なる動物の買い付けを計画したのですが、ところが、そのお値段たるや、
国から支給されていた予算の数倍の額だったそうです。

「ジラフ」を諦めきれない上野動物園長はそこで、
~中国の霊獣「麒麟」が手に入った!(だから安い買い物なのだ)~
こうして日本に「麒麟がくる」ことになり、それ以来「ジラフ」のことを
日本では「キリン」と呼ぶようになったそうです。
考えてみれば、そんな経緯で「麒麟がくる」ことができた明治の時代って、
結構大らかな空気に包まれていたのかもしれませんねぇ。




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