日本史の「異国」10 神と神々の天地創造記

ひょんなことからメッチャ古い映画を観る機会に恵まれました。
1966年「天地創造」(原題:THE BIBLE・・・in the bigining/監督:ジョン・
ヒューストン/音楽:黛敏郎)です。
お世辞抜きで聖書オンチな筆者にとっては、まったくミスマッチな作品と
言わざるを得ません。

しかしながら、有難いことに現代はネットがありますから、そうした弱点も
幾分はカバーすることができます。 
そこで、簡便な事前調査を試してみると、本作は
~「旧約聖書」の創成期、その第1章の天地創造から第22章のイサクの
 生贄までを描いている~
との説明になっています。


 movie_the_bible_01.jpg 映画「天地創造」のエバ

とはいうものの、「与作」ならまだしも「イサク」なんて聞かされても理解が
及ぶはずもありません。
しかたなく、ほぼほぼ無知蒙昧の状態で観賞するハメになったのですが、
冒頭から文字通り「天地創造」の様子が描かれていました。 

つまり、神が「何もないところ」からで七日間にわたって成し遂げたとされる
仕事です。
もっとも、それを逐一覚えているわけでもありませんから、またまた少し
ばかりのカンニング。

それによれば、以下の説明になっています。
○1日目 天と地をつくられた。(つまり、宇宙と地球を最初に創造した)
     そして、暗闇がある中、光をつくり昼と夜ができた。
○2日目 空(天)をつくられた。
○3日目 大地を作り、海が生まれ、地に植物を生えさせられた。

○4日目 太陽と月と星をつくられた。
○5日目 魚と鳥をつくられた。
○6日目 獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくられた。
○7日目 神はお休みになった。
     (働きづめのお疲れで、このことから一週間=7日となった)
       
これだと神が宇宙・太陽系・地球を何日目にどのようにつくったのか、などの
点が正直イマイチ分かりにくいのですが、ともかく「神に似せた人」が登場
すると、物語もそれなりの盛り上がりを見せ始めるようになります。
最初の人間とは、男(アダム)と、それからつくられた女(エバ)で、ここから
先はこのアダムとエバの子孫たちが織り成す歴史物語となっていくのです。

その中でも、耳にしたこともある「ノアの箱舟」や「バベルの塔」の段などは、
視覚的にもなかなかの迫力を備えており、まことに映画的な画面になっていた
ことも、ご報告しておきましょう。

ただ、それを観ていた筆者の頭にはこんなことも浮かんだのです。
~この神の「3日目」の仕事によって「大地を作り海が生まれた」ので
 あれば、そのなかに日本列島も含まれていたのだろうか?~


元から異なる宗教なのですから、「さすがにそこまでは謳っておるめぇ」と
考えるのが常識的でしょう。
つまり、この答えを得るためには「日本神話」にも踏み込む必要がありそうで、
そこで、面倒ながらそちらへも一歩を進めることにしたわけです。

 
 shinbutu_kamisama_01.jpg yamatotakeru_mihune_51.jpg
「国生み」伊邪那岐・伊邪那美/映画「日本誕生」日本武尊
 
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聖書では確かに神が「森羅万象ありとあらゆる物」をおつくりになったと
されているのですが、日本神話の方を覗いてみると、必ずしもそのような説明
にはなっていません。
伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)の二神が「民族のための土地」
を創造されたことになっているのです。

もう少し探ってみると、「古事記」ではこんな説明になっているようです。
~イザナギ、イザナミの二神は、漂っていた大地を完成させるよう、
 別天津神(ことあまつがみ)たちに命じられた~


聖書にはオンリーワンの神しか登場しませんが、日本神話には早々と「神たち」
という複数の表現が用いられています。
要するに日本には、それこそ「神代」の頃から「仰山の神様たち/八百万神」が
存在していたことが分かります。

しかし、神様といえども「命令のしっ放し」ではさすがに無責任です。
そこで、
~別天津神たちは天沼矛(あめのぬぼこ)を二神に与えた。
 伊邪那岐、伊邪那美は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、その天沼矛で
 渾沌とした地上を掻き混ぜた~


こうした二神の行為の結果、
~このとき、矛から滴り落ちたものが積もって淤能碁呂島(おのごろじま)と
 なった~
との説明ですから、これで国土創造は無事完了したと思いたく
なるところです。
ところがギッチョン、お話はそれほど単純ではなく、もっともっと複雑な経緯と
手順を必要としていました。

この二神による、いわゆる「国生み」のお話はこうなっているのです。
二神は淤能碁呂島に降り・・・これは構いません。
淤能碁呂島は既に「ある」のですからね。

しかし、淤能碁呂島の土地はと言えば何もないただの荒野に過ぎません。
そこで、~まず淤能碁呂島に「天の御柱(みはしら)」と
     「八尋殿(やひろどの/広大な殿舎)」を建てた~

今でいう、豪邸?を建設したということになるでしょうか。

ところが、次には~二神は男女として交わった~
ゲッ、早い話が、神様同士がセックスに及んだと言っているのです、
風紀紊乱!と言いたくなるところです。
しかしながら、なにせ神様の行動ですから、人間がとやかく批判できることでも
ありません。

ところが、その結果に「不具な子が何人も生まれた」として、このお話自体は
もっと複雑で微妙なニュアンスを漂わせていくのです。
その原因にも一応は触れていて、簡単にいえばこんな説明になっています。

~ベッドインする際にイザナミ(女)の方から声を掛けたのがよくなかった~
つまり、こういう反省の弁があるということは、この後に、
~イザナギ(男)の方から声をかけてのベッドインもした~ということです。

では、その際はどんな塩梅だったのか? 
至極順調だったようで、それが「国生み」のお話に繫がっています。
~ここからこの二神は、大八島を構成する島々を生み出していった~

そして、生んだ島を順に記すと、
~1・淡路島/2・四国/3・隠岐島/4・九州/5・壱岐島/6・対馬/
 7・佐渡島/8・本州/~

これら大きな八つの島からなる国が「大八島国/大八洲国」、つまり
今の言葉なら「日本列島」ろいうことになります。

多少神経質な人は、ひょっとしたらこんなことを言いたくなるのかも
しれません。
~「八つの大きな島」と言っているのに、ここには北海道もはたまた沖縄
 だってカウントされていないではないか! まことに整合性に欠ける!~


実はそれは無理もないことで、神様に責任があるわけではありません。
北海道も沖縄も、人間側の事情によって、ずっとずっと後の時代になって、
「日本列島」の構成員に迎えたものなのです。

それにしても、聖書による「神」は「(人間を含めた)天地創造」の主で
あるだけに、確かに人間を超越した存在として語られていますが、それに
引き替え、日本の神々は求愛の手順を試行錯誤したり、人間同様にベッドインも
したりして、聖書にある神よりはもっと親近感が感じられるのも事実です。

そんなことをしているうちに、今回の映画「天地創造」に共通するテーマの
作品が日本映画にもあったことを、ひょっこり思い出しました。
1959年「日本誕生」(監督:稲垣浩/主演:三船敏郎)は確か冒頭で
伊邪那岐、伊邪那美による「国生み」にも触れていた、と思うのですが。




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