日本史の「アレンジ」23 お釈迦様とてご存じあるめぇ

~前500年頃に北インドで釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が創始した宗教~
世界三大宗教(他はキリスト教とイスラム教)のひとつとされる「仏教」
ついての説明はこうなっています。
なぁるほど、とは思うものの、妙な思い込みを排除しておく意味もあって、
なお慎重に言葉を追うことにしてみました。

まずは、仏教創始者とされている釈迦(前463頃-前383頃)です。
~仏教の開祖であり、釈迦牟尼(しゃかむに)ともいう。 釈迦は種族名、
 牟尼は聖者を意味する言葉の音写であり、釈尊は釈迦牟尼世尊の略称と
 考えられる~


 buddha_movie_01.jpg
ゴータマ・シッダールタ(演:キアヌ・リーブス)映画「リトル・ブッダ」

そういうことなら、物が壊れたときなどに「おシャカになっちゃった」
なんてついついぼやくなんて所業は随分な罰当たりということなります。
それはともかく、じゃあ「釈迦」の後の括弧書き「ゴータマ・シッダールタ」
これはなんだよいう話になります。
~釈迦族国王の息子として生まれ、姓をゴータマ、名をシッダールタという~
姓と名、つまり、こちらを本名と理解していいのでしょう。

そして、そのシッダールタと仏教との関りはこんな説明になっています。
~生後まもなく母を失い叔母の手で養育されて16歳で結婚。 
 息子をもうけたが29歳のとき意を決して出家した~

要するに、妻も子供も棄てて修行に出たということです。

そのあとは、当然のこと厳しい修行を積み重ねることになり、
~35歳頃、菩提樹の下で悟りを開き、ブッダ(仏陀)すなわち覚者となった~
覚者とは「真理を体得した人/悟りを開いた人」ほどの意味になるので
しょうか。
ともかく、6~7年ほどの修行を経た末に覚者となり、これ以後80歳で入滅する
まで説法を行ったとされているわけです。

当初は自身の教団も作りました。
ところが、釈迦の死の約 100年後にはそれまで1つであった弟子たちの集団が、
大衆部と上座部の2つの教団に分裂したとされ、仏教が経験するこの初めての
大変革を「根本分裂」というのだそうです。

なんでも「律」に対する解釈の対立がその理由とされていますが、このあたりの
機微については筆者の理解が及ぶところではありませぬゆえ、ここではばっさり
割愛です。
そして、通説では1世紀頃とされていますから、その「根本分裂」から数百年後
のことになりそうですが、ここに「大乗仏教」というものが姿を現します。

それについての説明です。
~古来の仏陀の教えを拡大して新しい解釈を加えた教派であり、自分ひとりの
 悟りのためではなく、多くの人々を理想世界である彼岸に導くための教え~


ですから、誤解を恐れずに言うなら、一人が悟り(解脱)を開くことを目的と
した古来の仏教とは違い、大勢のみんなが救済されるための新しい教え、
それが「大乗仏教」ということになるのでしょうか。
「大乗仏教」という名乗り自体もそうした主張に沿ったものになっています。

~新しきわれらの仏教(大乗仏教)は、これまでの人間一人の悟りを目指した
 「一人乗りの仏教」とは違って、多くの人々の救済を目指した、いわば
 「大勢乗りの仏教」である~


つまり、古来の仏教は、自転車もどきの「一人乗り」に過ぎないが、こちらは
乗り合いバス仕様になっているゆえ同時に「大勢の人間が乗れる」のだ。
こう自慢しているわけで、それもあってか「大乗仏教」側はそれまでの仏教を
敢えて「小乗仏教」と呼びました。

要するに、これは差別用語?ですから、適切な呼び方とは言えません。
そこで、現在では「上座部仏教」、「部派仏教」などと呼ばれているわけです。
「上座部」などと、随分と丁寧でヨイショした言い方をしているように聞こえ
ますが、これもひょっとしたら、「上座=長老=古い」といった、ちょっとした
マイナス・イメージも滲ませているのかもしれません。


 syaka_nyuujyaku_01.jpg map_daijyoubukkyou_01.jpg
 釈迦入滅 / 仏教伝播地域図(黄=大乗仏教)
 
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現代の伝播地域(上地図)を眺めてみると、伝統的な「上座部仏教/部派仏教」
がスリランカ、ミャンマー、タイなど南方中心になっているのに対し、
「大乗仏教」はチベット、中国,日本など北方が中心になっていることが分かります。
じつは、こうした伝播地域の違い以外にも異なる部分があります。
~大乗仏教と部派仏教では、仏陀の本質の捉え方と、仏教徒として目指す
 理想が異なる~


この辺の説明にも微妙なものがあるのでしょうが、誤解を恐れずメッチャ乱暴に
言い切ってしまうなら、こういうことかもしれません。
~開祖・釈迦以来連綿と続いてきた教えに不満足・不都合を覚えた人々から
 「大乗仏教」は始まった~


さらにそうした不満足・不都合な点を具体的な言葉にするなら、
~解脱・悟りだけに価値をおき追求する部派仏教では、人間社会が成り立って
 いかないではないか~

こうした疑問・矛盾点に行きつくということなのでしょう。

もし、大乗仏教側のこうした思いを分かりやすい言葉で示すなら、感覚的には
こういうことになるのかもしれません。
~しかしダ、御釈迦様のように妻子を棄て出家し修行し解脱・悟りを目指す
 ことを良しとして、世の中のみんながみんなで実行したとしたら、それは
 果たして人間が生きるための理想の世の中と言えるのか~


全員が出家し修行生活に入ってしまうわけですから、生産活動は一切行われない
ことになります。
そうなれば当然、命を繋ぐ食料の生産もストップです。
それどころか結婚という行為そのものも消滅させてしまうわけですから、次世代
つまり新しく子供が誕生することもなくなってしまうわけです。

そうなれば、解脱・悟りどころのお話ではなく、「人類滅亡の危機」という
別の大課題に直面するのです。
ですから、当然こんな考え方をする人も登場することになります。
~人間社会全体をまっとうに考えるなら、各人一人一人の解脱・悟りを
 最高のものとした教義のままでは、ちょっと拙い面もありゃせんのかえ~


つまり、
~人間が生きていけるだけの社会活動は維持せねばならないとしたら、
 出家絶対・解脱絶対という考え方には無理があるかもダ~

おそらくは、その過程には数えきれないほどの試行錯誤を繰り返したので
しょうが、その末に一つの仮説を得ることができました。

それが「救済」であり、仏教徒として従来目指していた「解脱」に代わる新しい
思想ということになるのでしょう。
その救済とは、突き詰めていくなら、これまたメッチャ難しい概念ですが、
ここも乱暴に言い切ってしまうなら「心の安寧」ほどのイメージになるので
しょうか。

では解脱と救済はどこが違うの、って話になってきます。
だれだってそうした疑問を抱くはずです。
なぜなら、宗教オンチの筆者の頭にすら浮かんだ疑問だからです。

それで、宗教オンチがオンチなりに自己流理解に走ってみると、こんなくらいの
受け止めになりました。
~少数の達人的な修行者が至る境地が「解脱」であり、それとは別にたとえば
 神や仏など何らかの霊的存在に祈願し、その加護を期待することが「救済」~


ここまでは、まあ悪くはなのですが、日本仏教の場合ですと、歴史的には
時代を追うごとにその祈願のハードルがだんだんと下げられていき、ついには、
~救済されることはハナから決まっておるのだから、君は何もする必要はない
 のだゾ~
 ここまで行きついてしまいました。

こうした教えを、キリスト教やイスラム教など戒律の厳しい一神教から眺めた
とき、こんな感想・批判が飛び出すのも無理はありません。
~いっさい何もしなくてもよいだなんて! そんなベラボウな教えが宗教と
 言えるのかぁ~


えぇ、そうした批判が現に存在していることを踏まえ、開祖・釈迦の死後に
誕生を見た「これ系の仏教」(大乗仏教)を筆者なぞはこう呼んでいます。
~お釈迦様とてご存じあるめぇ仏教~




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