日本史の「発明発見」26 季節限定戦では埒が明かぬ

戦国三英傑の一人である尾張国・織田信長(1534-1582年)は、当時の大名の
誰もが思いつかなかった「兵農分離」という新政策を打ち出し、これを実行に
移しています。
これ、文字通りに「兵士と農民を分ける」ことを意味する政策でした。
逆に言えば、それまでは基本的に「兵農一致」の状況にあったことです。

なぁに? その「兵農一致」って?
文字通り素直に解釈して構わないのでしょう。
~普段は、田畑を耕している人(農民)が、戦時になると下級兵士となり、
 戦争を支えていた~


つまり、
~農繁期には農民として、そして農作業に追われない時期(農閑期)に
戦がある場合には兵士として出征した~
ということです。
ですから、逆にこんな言い方もできそるのかもしれません。
~この時代の戦は、基本的に「農閑期」しか行えなかった~

「農繁期」に戦を行おうとすれば、基幹産業である農業に大きな痛手を
もたらしてしまいます。 これはどの国とて同じことですから、そこで、
この農繁期の戦は誰もがハナから除外していたということです。


 heinou_bunri_01.jpg 兵農分離 

~しかしダ、戦の度に農民を徴兵しているのでは、農閑期限定の「季節工」
 ならぬ「季節兵」に過ぎず、何事につけ結果が出るのが遅くなる。
 ならば、それを「カイゼン」することこそが合理的である~

信長は、このように考えました。

戦に「シーズンオフ」を設けなければならない状況は、己の手で天下を
平定すること、つまり「天下布武」を構想していた信長にとっては、
決して望ましいものではありません。
戦を農閑期限定にしていたのでは、とてもじゃないが、天下を治めるまでの
時間が足りないからです。

そこで「兵農分離」です。
これによって専業兵士を生み出すなら、シーズンオフなしで戦に臨むことが
でき、これは信長独自の天才的な閃きでありアイデアだとされています。
確かに全国に数多の大名がいながら、誰もそれに手を付けることがなかった
ことを考えれば、その意味では「天才的な閃き」であったことは間違い
ありません。

ただ、この「兵農分離/専業兵士」システムが、信長の手による完全なる
オリジナル発明だったかと言えば、その点は多少微妙な印象もします。
というのは、「専業兵士」の存在は、とっくの昔から誰もが知っていること
でもあったからです。
ただ、それを「専業兵士」とは受け止められることはなく、多くの場合
「僧兵」と呼ばれていました。 

その「僧兵」とは、こんな説明になっています。
~武装した下級僧侶のこと~を指し、
~(歴史的には)平安時代、律令制が乱れから、寺院が自衛のため下級僧侶
 などを武装させて盗賊などの難に備えたため、諸寺院に僧兵が急増した~


説明では、一応は下級の「僧侶」とされていますが、その誕生の経緯から
しても「武装した僧侶」というよりは「僧侶姿をした兵士」と言った方が的を
射ているのかもしれません。
また、元々は無法者に対する自衛の意味から始まったとされていますが、
これも額面通りに理解するのでは、いささか人が好すぎる印象です。

大変な失礼を顧みず、筆者の個人的な印象を言葉にするなら、こうなるから
です。
~戦闘を専門とする乱暴者集団を、寺院内に大っぴらに置いていたのでは、
 さすがに世間体も悪いために、彼らにも僧侶の衣装を纏わせていた~


ですから、「僧兵」とは呼んだものの、その実態は武装した「専業兵士」の
集団、あるいはもっと露骨に「傭兵部隊」とか「私的軍隊」と表現した方が
近いイメージになるのかもしれません。


 souhei_jiin_05.jpg 僧兵
 
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~寺院がよぅ、僧兵(専業兵士/私的軍隊)を保持し続けとったのなら、
 大名にだってできにゃあはずがにゃあ(できないはずがない)~

この気づきにいくらか気分の高揚もあって、思わず尾張言葉が混じってしまった
ものの、当時の信長の心理を推し量れば、こういうことだったのでしょう。

しかし、真っ先に直面する問題は「兵士の給料」です。
従来のように、領主の命令によって農民を徴兵するという形を取るのであれは、
兵士集団は基本的に無料で構成することができます。
農民の手にする物が鍬(クワ)から槍(ヤリ)に替わるだけだからです。

信長と同じ時代に活動し、その中でも「メッチャ強い」との定評を得ていた
甲斐国・武田信玄(1521-1573年)にせよ越後国・上杉謙信(1530-1578年)
にせよ、兵士のほとんどは「兵農一致」の農民兵でした。

領主である自分が命令を下すことで、たちまち軍の体裁が整うのですから、
基本的に「兵士の給料」を心配する必要もありません。
もっとも、それがために「農閑期限定の戦闘」とならざるを得ず、信玄VS謙信
のあの有名な「川中島の戦い」も、結局は前後五回(1553・55・57・61・64年)
もの激突になったわけですが。

ですから、「専業兵士の給料」は信長だけが背負った喫緊の課題でした。
大名ではない寺院が、この「専業兵士の給料」を問題にすることはなかったと
いう意味です。
市(商業活動)も座(商業組合)も寺院が牛耳っていたことで、そこから
ウハウハの利益を上げており、そのごくごく一部で賄えてしまえるからです。

しかし、大名にはその手が使えません。
巨大な富を生む市も座も、その権益は多くは寺院が一手に握ったままで、
これを手放す様子も窺えないからです。

そこで信長は考えました。
~そんな、どえりゃあ既得権益を寺院が独占しとるのは間違いだがや~
ということです。 さらに突っ込むなら、
~そもそも、商売のための市や座に既得権益がヤタラと付いて回っとること
 自体がどえりゃあヘンなことだがや~


で、信長は従来の商慣習に捉われない「楽市楽座」政策に踏み切りました。
~戦国時代末期から安土桃山時代にかけて、特権商人の市場独占を排除する
 ために出された法令及び政策~
と説明されています。
要するに、商売に関する規制を緩和し、自由競争を持ち込んだわけです。

しかしこれだと、商業活動の活性化の意味合いは分かりますが、今問題に
している信長軍の「専業兵士の給料」についての回答にはなっていません。
では、信長自身の懐はどこで潤ったのか?

こんな解釈にぶつかりました。
~それまでの戦国大名は、百姓からの年貢を財政基盤としていたが、信長は
 それにとどまらず、台頭してきた商人たちから運上金(税金)、あるいは
 冥加金(会費・奉納金)のような形で献金させることで財源を確保していた~


ところが、その詳しいところはイマイチ不明で、
~年貢の場合だと、ある程度、年貢率(例/五公五民とか四公六民など)が
 分かっているが、信長が商人たちから、どのような形で銭貨を徴収して
 いたかは、具体的には分かっていない~


ところが、どうもこれだけでもないようなのです。
~越後国・上杉謙信は領内の主要な湊に出入りする船に通行税を課していた~
とされていることもあって、同様に信長も、
~領内の湊(津島湊/熱田湊)の商人たちから、そうした税 を徴収していた~
ことは考えられるとのことです。

おそらく、この見方は正しいのでしょう。
というのは、こんなエピソードが残されているからです。
室町幕府最後の第15代将軍・足利義昭(1537-1597年)に見込まれて
「副将軍に任命してやろう」と言われたとき、それをやんわり辞退した信長は、
こう申し出たとされています。

~その代わりといってはなんだけどよぅ、堺と近江の大津と草津によぅ、
 信長の代官を置かせてもらえんきゃあ(置かせてもらえませんか)~

つまり、その地を自分の直轄地にしたい旨の強い希望を伝えたことは、
港湾都市が生む利益が半端でないことを、この時の信長は既に十分に承知して
いたことになりそうです。

こうした得た資金によって、信長は他の大名より一足早く、多数の専業兵士を
抱えることに成功しました。
そればかりか、その潤沢な資金で鉄砲という当時のハイテク武器までもを
数多く整え、加速度的な勢いで「天下布武」の実現に邁進していったのです。

早い話が、これまでの「季節限定戦」をすっかり時代遅れのものにして
しまった、ということです。
こうした大革命をもたらした信長の姿は、地元の尾張言葉ではこう評されます。
~でら、凄いがや!(メッチャ凄いことだなぁ)~




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