日本史の「陰謀」30 正義はいつもサジ加減

国政の根幹に関わる問題であり、またそこに外国事情までが重なっていたこと
もあって、その後の展開にいささかの複雑さを呈したのが、対馬藩による
国書偽造事件「柳川一件」でした。
第三代将軍・徳川家光(1604-1651年)の治世において告発されました。

これよりはるか昔のこと、聖徳太子(574-622年)が送った国書に対する
隋・煬帝の返書を遣隋使・小野妹子(生没年不詳)が帰路に奪われ?るという
事件がありましたが、こちらは「国書紛失」であり、「国書偽造」では
ありませんから、その意味合いはひと味違います。
つまり、「柳川一件」の経緯は、現代ならさしずめ「外交文書偽造」事件
ほどのイメージになるのでしょうか。


 map_tsushimahan_01.jpg 対馬藩

こんな説明になっています。
~江戸時代初期に対馬藩主・宗義成と家老・柳川調興が、日本と李氏朝鮮との
 間で交わされた国書の偽造を巡って対立した事件~

ですから、「柳川一件」との名称は、ここに登場する対馬藩家老・柳川調興
(しげおき/1603-1684年)に由来していることになります。

「国書偽造」という穏やかならぬ言葉も登場しているので、これにも触れて
おく必要がありそうです。
そもそも対馬藩は、日本と朝鮮の中間に位置する小さな「島国」に過ぎない
という地理的条件もあって、稲作も充分ではなく、経済の大部分を朝鮮との
交易に依存せざるを得ない環境にありました。

そうした背景があったことから、豊臣政権下での朝鮮出兵(1597-1598年)の
後の国交回復を目的とした日朝交渉も仲介しました。
ところが、その豊臣政権は滅亡し、新たに徳川政権が樹立されました。
その新政権に対して、朝鮮側は「日本側が先に国書を送るように」との要求を
ぶつけてきたのです。

たかが「一将軍」程度の者がトップに座る日本に比べれば、世界に冠たる
中国が公認する「国王」を擁する朝鮮の方が断然に格上である。
「中華思想」からすれば、このことはいわば「常識」だからです。

しかし、そうした中国柵封体制の外にある日本からすれば、逆に
「我が国(日本」の方が格上」という意識を持ちます。
~朝鮮は中国の子分国に過ぎないが、我が国は子分ではなく、その中国から
 バッチリ独立を保っている独り立ちしている国家~という理屈になるから
です。 対馬藩はその辺の機微をよく承知していました。

なにせ、経済活動を朝鮮との交易に頼らざるを得ない環境にあるのですから、
こうした国際感覚が備わっているのは当然です。
そこで、両国にとって都合のよい方便を駆使する、つまりその都度両国が
満足できる内容に改竄することで、両国間外交の仲介を務めていたわけです。

簡単に言えば、朝鮮と日本の双方に、
~我方が格上であり、そしてまた我方の主導によりコトが進んでいる~
と思い込ませていたということです。

外交というものは、一面で両国間のプライドのぶつかり合いという性格を
備えていますから、こうでもしないことには両国間の交渉事が進捗するもの
ではありません。
しかし、両国の折衝がまとまらなければ、交易立国・対馬藩の死活問題に
モロに直結してしまいます。

ところが、そうした極秘体制に思わぬことから綻びを生じたのです。
それが、対馬藩主・宗義成と家老・柳川調興の対立であり、
~主家(宗義成)から独立して旗本への昇格を狙っていた家老・柳川は
 対馬藩による国書改竄の事実を幕府に訴え出た~


つまり、家老・柳川調興は、対立した藩主に対する自身の立場を補強する
意味合いをもって、幕府に対して対馬藩のそれまでの不正行為を白日の下に
晒したわけです。

こうなれば、幕府としても正義の裁定を下すために、自らが事態収拾に
乗り出す必要があります。
それが、できないようであれば、幕府の権威失墜であり、諸藩から舐められる
ことにもなりかねません。


 yanagawa_ikken_01.jpg sou_yoshinari_01.jpg
 将軍・家光の事情聴取(江戸城大広間) / 対馬藩主・宗義成 
 
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おそらく、そこに至るまでにも水面下の動きはそれなりに活発だったので
しょうが、ともかく、将軍・家光を前にしての藩主・宗義成と家老・柳川調興
の直接の口頭弁論(1635年)が行われることになりました。
江戸にいる1,000石以上の旗本と大名が総登城し、江戸城大広間で対決の
様子が公開されたそうですから、その気合もハンパではありません。

この時将軍・家光は、双方の言い分が食い違う点を中心に藩主・宗義成に
いくつかの質問をしたようです。
それに対する義成の弁明は、現代のそれを彷彿とさせるのもがあって
それなりに面白い。
~自分はとんと知らなかった~
~外交の実務は家老・柳川一族に任せていた~


それに対し、将軍・家光は義成の監督責任を糺します。
~藩主たる者が家中の非法を知らなかったとはどういうことか~
義成の説明には、いささか苦しいものがありました。

~家老・柳川調興は幕閣に知り合いが多く、家臣はその権勢を恐れて、
 不正を見つけても私の耳に入れなくなっていたのです~

要するに、「自分の預かり知らぬところで、ことは進められていた」と
弁明したことになります。

こういう言い訳を、裁判長・家光や立会人である大名・旗本たちが
どのように受け止め、どのような判決を思い描いていたのか。
現代人なら、多くがこんな判決を期待するところでしょう。
~藩の違法行為を内部告発に踏み切った家老・柳川調興はエラい!~

ところが、史実はそのようには運びませんでした。
数日後に出された家光の裁定は、
~藩主・宗義成は無罪/家老・柳川調興が主謀者であり有罪~

だったら、主君を貶めた家老・柳川調興に、大方が予想していた死罪が申し
渡されたかといえば、そうではなく、判決は津軽(青森県)への配流でした。
一方で、偽国書を実際に作成した対馬藩の家臣二人は一族もろともに死罪と
されました。

形の上では義成の勝ちですが、幕府の姿勢は
~藩主が真っ白で家老が真っ黒と言っているわけではないゾ~となり、
むしろ「喧嘩両成敗」の原則に則ったものともとれます。

胸を張って「正義が行なわれた」とまでは、さすがに言いづらい面もあり
ますが、ある意味、これはこれで政治的にはなかなかに名判決だったのかも
しれません。
多方面に対し、それなりの「気配り」が感じられるからです。
そのあたりを少し眺めてみましょう。

○対馬藩に対する配慮/朝鮮国に対する配慮
 国書偽造は藩主主導ではなかったと判定することで、朝鮮国とのパイプを
 維持し、日朝交易そのものは継続させた。

○被告?柳川調興本人に対する配慮
 敗訴した柳川調興は流罪判決となったが、それは家臣七名の供を
 赦された弘前藩預かりであり、しかも実際には広大な屋敷が与えられた上に、
 藩主の賓客として遇されるものであった。

○諸大名・旗本に対する配慮
 家老の存在である柳川調興の言い分を認めなかったこと、つまり家臣の反逆
 を強く否定した裁定は、そうしたことに大きな不安を抱いていた大名旗本
 たちに、一種の安心感を与えた。

こうした結果だけを眺めると、政治事件に対する結末は現代もあまり
変わっていないように感じられるところです。
根本部分にメスを入れること、つまり真相解明への努力を極力避けている
からです。

現代に起こった事件などでも、多くの場合は膿を出しきるところまで
到達せず、この「柳川一件」と同様に、なにかしら中途半端な形での幕引きを
迎えることが少なくありません。
つまり、明瞭な白黒判定を避けているわけです。

その意味では、この「柳川一件」も日本人の民族的DNAを確実に引き継いだ
顛末だったと言えるのかもしれません。




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