日本史の「言葉」30 どちりいな・きりしたん

日本人初の「キリスト教徒」はどなたか?
史料で確認できる範囲に限れば、それは「ヤジロウ(弥次郎)/
洗礼名アンジロー?」(1511年頃?-1550年頃?)だとされています。
あの有名な宣教師フランシスコ・ザビエル(1506年頃?-1552年)の
通訳も務めた人物です。

宣教師と通訳、この二人の関りはこのように説明されています。
~1540年代にインドでの布教に従事していたザビエルは、同地方の住民の
 ために問答体の教理書カテキスモを作成した。
 そして日本に渡航する際に、日本人アンジローに教理書を日本語に翻訳
 させた~

蛇足ですが、この洗礼名「アンジロー」というのは今風なら「アンジェロ」
のことか?


 doctrina_christa_01.jpg ドチリナ・キリシタン 

それはともかく、こうした経緯から思うに、そもそもこの「ヤジロウ
/アンジロー」との出会いが、ザビエルに日本での布教を決意させることに
なったようにも思えます。 なぜなら、布教活動の可能性を質したザビエルに
対し、「それは大丈夫でっせ!」と太鼓判を押したのが、このヤジロウだった
からです。

ヤジロウは、薩摩国か大隅国の出身だったらしいこと以外は、それ以前以後
を含めて、本人の生き様・死に様というものについてはほとんど分かって
いません。
若い頃に人を殺し、そこに来航していたポルトガル船に乗ってマラッカに
逃れた、つまり海外逃亡犯だったと見る向きもあるようです。

そのザビエルとヤジロウたち一行が、日本での布教活動を開始したのは
1549年のことでした。
一行には、それぞれ洗礼を受けたヤジロウの兄弟(洗礼名・アントニオ)と
召使(洗礼名・ジョアン)も同行していました。

ヤジロウ兄弟は共に教養があり読み書きにも堪能だったようで、この時
ザビエルの「ドチリナ」作成を手伝っています。
なにさ、そのいきなり登場してきた「ドチリナ(どちりいな)」って?

語感はイマイチすっきりしたものではありませんが、いわゆる「教理」を
意味する言葉で、ラテン語で「doctrina」、英語ではこれを「doctrine」と
言うのだそうです。

政治・外交・軍事などの分野では「基本原則」ほどの意味を持たせて、よく
使われている言葉で、カタカナ書きにすれば「ドクトリン」のことだそうです。
メッチャ古いお話ですから、今や思い出せる人の方が少数派なのかもしれません
が、たとえば当時の指導者の名からアメリカでは「ニクソン・ドクトリン」、
旧ソ連の「ブレジネフ・ドクトリン」なんて言っていたのがそれに当たります。

そこで「どちりいなきりしたん」という言葉が登場することになります。
上の説明に沿えば、英語なら「ドクトリン・クリスチャン」ほどになり、
それをまた素直に解釈すれば、「キリスト教の教義書」ほどの意味に
なるのでしょうか?

さて、ここまではなんとか辿り着いたものの、その先へ進むのは容易では
ありません。 なんで? そんなもん、理由は決まっています。
筆者の典型的な「宗教オンチ」のせいです。

どのくらいのオンチなの? まず、いきなりここでつっかえてしまいます。
~「教義」と「教理」は違うものなの? それとも同じものなの?~
これが分からないことには、ヤジロウさんが携わったという「どちりいな」
もてんで分かるものではありません。

そこで、あれこれ探っていると、幸運なことにこんな説明にぶつかりました。
~教義とは、ある特定の宗派や教団によって真理として公認された教えの
 ことであり、教理またはドグマともいう~

なんだ、これなら「教義」と「教理」は同じじゃないか。

ところがこんな説明も見つけてしまったのです。
~「教義」と「教理」は異なる。 「教理」がキリスト教という宗教の
 信仰内容についての教えであるのに対して、「教義」は教理に関して
 教会会議で定められたという意味での公的・法的な意味合いが強い~


こちとらはハナから「宗教オンチ」って自白しているのですから、そんな
ややこしい説明はどうぞカンベンしてください。
そういう事情もあって、「教義」と「教理」は同じか違うものなのか、という
課題からの退散を決め込んだ次第です。


 dainichi_nyorai_01.jpg Jesus_Chris_01.jpg 
     大日如来/キリスト  
 
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さて、その「ドチリナ・キリシタン」そのものに舞い戻ると、日本で
刊行されたものは、なんやかやで4種類もあるのだそうです。
複数の種類があるとはまったく意外な展開でしたが、念のために、
その4種類に触れておくことにします。

○刊行年・刊行地共に不明の国字本「どちりいな・きりしたん」
○文禄元年(1592年)発行の天草版ローマ字本
○慶長55年(1600年)発行の長崎版ローマ字本
○同年発行の長崎版国字本「どちりな・きりしたん」

しかし、日本人に布教するのであれば、日本語版が整っていればいいわけで、
それなのにローマ字本でさえ2種類もあるのは、なんでやねん?
誰もが思い浮かべるであろう素朴な疑問ですが、これも分かってみれば
至極もっともな理由でした。

~ローマ字本はヨーロッパ人の日本語学習のため、国字本は日本人信徒の
 教理学習用として編纂され、問答体の平易な文章で書かれている~

キリスト教と日本との出会いの黎明期のことですから、宣教師側も日本側も
共に互いの言葉が堪能ではありません。
よって2種類の言葉を用いた本になったということのようです。

しかし、その「ドチリナ」を手書き作業にしていたら、作れる部数はたかが
知れたものです。
多くの信者を獲得するためには、「ドチリナ」の方も数多く作りたいのは
当然ですから、実際「キリスト教」側もそのように努めました。
そのあたりは、こんな説明になっています。

~天正18年(1590年)に2度目の来日をした宣教師・ヴァリニャーノ
(1530-1606年)がヨーロッパから持ち込んだ活字印刷機により、他の数々の
 書物と共に印刷された。 ~


なに「活字印刷機」とな?
それって、有名なグーテンベルグの発明した「活版印刷機」のこと?
少し深追いしてみると、ヨハネス・グーテンベルグ(ドイツ/1398?-1468年)
による「活版印刷機」は1445年頃までには発明・実用化されていたとされて
いますから、「そのもの」ではないにせよ、同様の構造を備えたものだった
と思われます。
なにせ発明・実用化されてから140年以上も経っていたのですから。

さて、こうしたことで日本布教におけるハード面での工夫・充実は一応整った
ものになったわけですが、では、ソフト面はどのように運んだのか?
それまでキリスト教に触れたたことのない、というよりその存在すら
全く知らなかった日本人をキリスト教に改宗させようということですから、
ちょっくらちょいとは容易な話ではありません。

案の定、当初は見向きもされなかったようです。
こんなお話が残されています。
最初のキリスト教宣教師として日本にやって来た(1549年)ザビエルが、
その布教活動で首を傾げました。
「デウス」が唯一の神であることを声を枯らして連呼したところで、その名を
知らぬ日本人にはどうも上手く伝わっていないのではないかという疑心です。

なにせ、神様だけでも「八百万神」、その上に数多の仏様もおられる環境
ですから、「唯一神」の概念を理解させること自体が容易ではありません。
ヤジロウが実際にこんな言葉を出したか、いささか怪しいのですが、
結果としてこんなイメージの流れになりました。

ヤジロウの提案。
~今日本で最高の格付けをされている仏様は大日如来サマです。
 で、一方ザビエ様が唱えるデウス様は最高ではあるものの、如来サマでは
 ありません。 よってもって、デウス様のことを、如来の部分を外して
 単に「大日」サマと日本語でお呼びするのはいかがでしょうや?~


早速実行に移し、これ以降、ザビエルが「大日を拝みなさい」と呼びかけると、
仏教の僧侶たちは素直に従う姿勢を示すようになりました。
ところが、そこにはいささかの誤解があるのでは、と感じたザビエルが
~ええかね、拝むのは「大日如来」ではなく、「大日」つまり「デウス」
 ですよッ~
 と念を押すと、僧侶たちは一様に驚き、そっぽを向いたと
されています。

ザビエルも、この時こそは日本人に分かりやすい「どちりいなきりしたん」
必要だと痛感したのではないでしょうか?
こうした歴史の経緯を垣間見ると、どんな信仰にせよ、その「どちりいな」の
部分に辿り着くことは、結構複雑で厄介な作業ということになるのかも
しれません。




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