日本史の「数字」04 三明治人って誰のこと

戦国乱世を終焉に導いた以下の三人を、筆者の生息地(名古屋)では、
「郷土の三英傑/戦国の三英傑」として地元・名古屋祭りの主役に迎えて
います。
そのパレード「英傑行列」(10月)は例年人気を集めていますが、ただし、
本年は新型コロナのせいで早々に中止が決定されてしまいました。

さて「郷土の三英傑」、その顔ぶれはこうなっています。
○尾張国・織田信長(1534-1582年) 室町幕府を滅亡させた。
○尾張国・豊臣秀吉(1537-1598年) 関白となり天下を掌握。
○三河国・徳川家康(1543-1616年) 豊臣家を滅亡させ江戸幕府を創立。


 3eiketsu_70.jpg
 郷土の三英傑/織田信長・豊臣秀吉・徳川家康

また、明治維新においては「維新の三傑」という言葉も普通に用いられて
います。
江戸幕府の倒幕や明治維新の実現に尽力した以下のお三方です。
○薩摩藩・西郷 隆盛(1828-1877年) 西南戦争の指導者
○薩摩藩・大久保利通(1830-1878年) 初代内務卿を務める
○長州藩・木戸 孝允(1833-1877年) 明治天皇や長州藩主から厚い信頼

ここまでは問題がありません。
ただ、先日ネット徘徊をしていた折に、たまたまのこと「三明治人」という
言葉に遭遇しました。
「維新の三傑」の流れに準ずれば、「三人の明治人」ほどの意味合いになる
ところです。

しかしながら、今までそんな表現に遭遇したことがありません。
そのことを気にかけながら、さらにネット徘徊を続けていると、こんなことが
分かってきました。
「三明治人」とは、日本語ではなく、中国語の表記であること。
ですから、ここにある明治とは、明治・大正・昭和・令和のような、つまり
元号の「明治」を指しているのではないこと。
それに伴い、当然ながら読み方も「さん・めいじ・じん」ではないこと。

だったら、「三明治人」っていったい誰のことなのサ?
放浪の末に辿り着いた答えを惜しげもなくさらけだせば、こういうことでした。
まず、中国語での読み方です。

「三明治」を「サンドウィッチ」、「人」の部分を「マン」。
ですから、そう、昨今高い人気と好感度を誇る漫才コントのコンビ
「サンドウィッチマン」の中国語表記だったのです。

こうした話の流れもあって、その方面には疎い筆者もネット配信されている
その芸の観賞に及びました。 いやはや、確かに面白い。
もっとも、お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の知名度が高くなりすぎて
しまうと、本来の「サンドウィッチマン」の方が忘れ去られてしまう心配も
ありそうです。

いまやその存在自体が、ほぼほぼ絶滅状態にあることを思えば、単なる杞憂
とも言い切れません。
そこで、好奇心旺盛な若者のために、上記リンクで対応しておきました。

それはともかく、「三明治人」なる、何とも日本史チックな言葉に折角
出くわしたのですから、ここからはちょっとしたお遊び。
これを中国語ではなく日本語として扱ったら、どうなるものか。
えぇ、その意味を素直に「三人の明治人」と解釈した場合、誰を挙げるのが
適当なのか、という遊びです。

歴史用語として定着した言葉ではありませんから、このあたりは選者の
感覚次第で大いに異なる結果を招くものと思われます。
そこで、筆者も下記の物差しを使うことで、それに参加することにしました。

~現代では絶滅に至ってしまったが「明治時代」には欠かせなかった存在
(の三人)~
 えぇ、逆の言い方なら、
~「明治時代」には存在し、現代には存在していない~ そうした範疇に
ある人物のうちから「三人の明治人」を選んでみようというゲームです。


 sandwich_01.jpg sandwich_man_01.jpg
(三明治)サンドウィッチ/サンドウィッチマン(三明治人)
 
 応援クリックを→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←にほんブログ村



まずは~明治時代には不可欠で現代では絶滅~ 実際そんなものがあるのか? 
実は、そうした絶滅種は少なからずあるのですが、そのうちで最も分かり
やすいのが「軍隊」なのかもしれません。

えぇ、~明治時代には不可欠で現代では絶滅~の条件にモロに適合しています。
ちょっと待て、現代には「自衛隊」があるではないか、ですって?
ところがギッチョン! 憲法解釈上は、
~自衛隊は軍隊(国軍)ではない~ことになるのですねぇ、これが。

えぇ、それが証拠に、明治時代には大きな存在感を示していた陸軍大臣・
海軍大臣の姿は現代にはありません。
陸軍・海軍それ自体がないのですから当然です。
その意味で、今テーマになっている「三明治人」の三人の内の二人に、
陸軍大臣・海軍大臣を挙げてみました。

とは言っても、現在は既に絶滅してしまった種ですから、念のために
具体的な名前も示しておいたほうが分かりやすいかもしれません。
で、いずれも初代大臣として就いたお二方です。

○陸軍大臣・大山 巌(1842-1916年) 西郷隆盛の従弟(イトコ)
○海軍大臣・西郷従道(1843-1902年) 西郷隆盛の実弟
どちらも、明治維新の元勲・西郷隆盛(1827-1877年)の血縁者ですから、
こうしたことからも、この当時の軍部における薩摩の影響力には大きなものが
あったことが推察できます。

こんなことをしているうちに、超有名であることから、てっきり大臣の座を
経験したものと思い込んでいた人物が、実はそうではなかったことにも気が
つきました。
○陸軍大将・乃木 希典(1849-1912年) 旅順要塞を陥落させる
○海軍大将・東郷平八郎(1848-1934年) バルチック艦隊に完勝
共に日露戦争の華々しい勝利で名声を得ましたが、どちらも軍大臣に就く
ことはありませんでした。

現場司令官としての能力が評価されたということなのでしょうが、筆者的
にはこのことにちょっとした意外感がありました。
そうこうしているうちに、もう一つ思い当たったのです。
えぇ、~明治時代には不可欠で現代では絶滅~したもののことです。

それは「元老」です。 普通はこの程度に説明されています。
~明治中期の内閣制度創設から昭和初期まで存在した政界の
 超憲法的重臣~


そして、こんな補足も。
~成文法で定められた役職ではなく、慣習上の制度としてつくられ、
 明治憲法下における支配体制維持のための機能を果した~


さらには、
~元老と呼ばれたのは伊藤博文、山縣有朋、井上馨、黒田清隆、
 西郷従道、大山巌、松方正義、桂太郎らで、1940年最後の
 元老である西園寺公望の死とともに消滅した~

つまり、~明治時代には不可欠で現代では絶滅~したという条件に
ばっちり当てはまっているわけです。

えぇ、「元老」なる存在がこの時点で確かに絶滅し、これ以降日本史に登場
しなくなったわけですから、「三明治人」の最後の一人に西園寺公望
(1849-1940年)を挙げるのは、さほど不自然なこととも思えません。

かくして、筆者的「三明治人」を、
○初代の陸軍大臣/○初代の海軍大臣/○最後の元老/としてみた次第です。

もっとも、「三明治人」にちなんだこうした作業よりは、本来の「三明治人/
サンドウィッチマン」が演じる漫才・コントを見ている方がはるかに楽しく
面白く笑えることも、また歴史的事実なんですねぇ、これが。




 応援クリックを→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←にほんブログ村



--直近の記事---------------------------
650 日本史の「怪人」22 史実彷徨さらさら越え いつどこを越えたのか?
649 日本史の「災難」15 歴史対談コロナに散る ネットプチ講演は花盛り
648 日本史の「アレンジ」22 ローカル風味の士農工商 科挙抜き身分序列
647 日本史の「油断」11 乱世終えたら麒麟がくる 平和が必要な伝説霊獣
646 日本史の「ツッパリ」27 事前情報は留め置きに 首脳陣だけで独占す
----------------------------------
ヤジ馬の日本史~超駄級・600記事一覧~ №501-599編 だがしか史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・500記事一覧~ №401-499編 満腹握りめ史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・400記事一覧~ №301-400編 颯爽ろくでな史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・300記事一覧~ №202-299編 堂々肩すか史!
ヤジ馬の日本史~超駄級・200記事一覧~ 後編「な→ん」巻 あゝ七転八倒!
ヤジ馬の日本史~超駄級・200記事一覧~ 前編「あ→と」巻 七転び八起き!
----------------------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント