日本史の「誤算」13 権勢はいつも補佐人に

日本神話によれば、いわゆる天孫降臨に際し天照大神はこのように宣言した
そうです。
~この地(日本)は私の子孫が王となるべき地であり、またそうする
 ことで私の子孫(天皇・皇室)が栄えることは永遠である~


 amaterasu_susanoo_51.jpg 天壌無窮の神勅

いささか自分勝手で一方的に感じられる宣言ですが、これが「天壌無窮の神勅」
とされる言葉です。
ではその後において天照大神の御子孫たちは、この宣言通りに本当に隆々と
繁栄し続けたものか?

じつは「隆々」どころか、他の者に実権を奪われた状況すらあったことは
ご承知の通りです。
というより、むしろこちらの方が長かったとさえ言えそうな気もします。

で、そのきっかけは藤原不比等(659-720年)、つまり第38代・天智天皇
(626-672年)の腹心として活動した中臣(藤原)鎌足(614-669年)の
次男ですが、この人物が作ったといっても過言ではないでしょう。

不比等の動きは、第40代・天武天皇(生年不詳-686年)崩御を受けて即位
した第41代・持統天皇(645-703年)の懐に食い込むところから既に
始まっていました。

極めて脆弱だったこの持統女帝の政治基盤を横目で見ながら、その足掛かりを
築いていったわけです。
さらにその後の第45代・聖武天皇(701-756年)の時代に至っては、
自分の娘である光明子(701-760年)をその皇后にするという離れ技まで
成し遂げています。

こうした父娘のド迫力に圧倒されてしまったものか、当の聖武天皇ご自身
はほとんど藤原氏ロボットもどきの存在になっていました。
要するに、天照大神の子孫であるにも関わらず、この時代の聖武天皇は
「神勅」通りの権勢をゲットすることができなかったということです。

お可哀想なことですが、言葉を換えれば、この時代の実質的権力は天皇家
自身にではなく、摂政や関白などの役職を得た補佐人に過ぎない藤原氏が
天皇の代理人もどきの役割まで果たしていたことになります。

さらに後の時代になると、藤原氏繁栄を自画自賛したこんな歌までが
登場しています。
~この世をば 我が世とぞ思う望月の 欠けたることもなしと思えば~
他人からすれば、ちょっとばかり嫌味な感じです。

しかし、その歌の主である藤原道長(966-1028年)の時代には、第66代・
一条天皇には長女・彰子を、第67代・三条天皇には次女・妍子を、さらに
第68代・後一条天皇には四女・威子を、それぞれ入内させることで、
「一家立三后」(一家三后)と驚嘆されるほどの栄華を築き上げたのは
事実ですから、何を言おうと所詮負け犬の遠吠えに過ぎません。

もっとも、当の一条天皇の遺品の中には、~道長一族の専横に
よって国は乱れている~
と解釈できる文書があったそうですから、
天皇家と藤原氏の間には大きな軋轢が存在していたことも考えられます。

つまり、この頃の天照大神の御子孫(天皇・皇室)は、かつて高らかに
うたわれた「天壌無窮の神勅」ほどには栄えていなかったことになります。
皮肉なことに、その代わりに栄華を極めたのは、その天皇の補佐人に
過ぎないはずの藤原氏だったということです。


 ouninno_ran_01.jpg 応仁の乱

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こうした状況がしばらく続くと、やがてそうした社会に新しい階層が台頭
し始めます。
自らの生活は自らの力で守ろうとする、いわば「武装農民」です。

しかし、この階層の台頭を容認する気は朝廷はこれっぽっちも持ち
あわせてはいませんでした。
武装や武力行為などを好む者なんぞは正真正銘の野蛮人に他ならず、
清浄の極みである自分達とは真反対の人種だと見ていたからです。

ですから、武士は当然朝廷から無視され、また蔑視され続けることに
なります。
しかし、そんなツッパリ姿勢を見せてはいるものの、実際のところ
朝廷には武力を備えた武士集団をヘコませるだけの力はありません。 
なにしろ「武力」というものをまるっきり備えていないのですから、
どうすることもアイ・キャン・ノットなのです。

根負けした朝廷、または武士団の粘り勝ち、どんな表現が適確なのかは
よく分かりませんが、ともかくそんな状況から誕生した統治組織が
鎌倉幕府という武士政権でした。

なにせ朝廷側からは著しい差別を受けている武士団ですから団結を欠かす
ことはできません。
そこで武士団は団結のためのリーダーとして征夷大将軍を据えました。
その鎌倉幕府の初代・征夷大将軍の座に就いたのが、ご存知の源頼朝
(1147-1199年)だったわけです。

朝廷のトップが天皇なら、それに対抗する武士団・幕府のトップは
征夷大将軍が担うということです。
しかし面白いことに、武士団も朝廷と同様の状況を呈してしまうのです。
えぇ、実質的な権力はトップの征夷大将軍ではなく、その補佐人に
過ぎない執権が備えたのです。

その執権とは、このような説明になっています。
~鎌倉幕府で将軍を補佐し、幕政を統括した職で事実上の最高責任者。
 源頼朝の死後、北条氏が台頭し、以後北条氏が世襲した~

早い話がトップである征夷大将軍なぞは「お飾り」に過ぎないということ
です。

事実、第二代・源頼家(頼朝嫡男/1182-1204年)、第三代・源実朝
(頼朝嫡出次男/1192-1219年)、この二人の将軍が揃いも揃って実に
呆気なく暗殺されていますし、遡って初代将軍・頼朝にしたところで、
暗殺を疑える死に方をしています。
こうしたことも「お飾り」であることを裏付けている印象です。

面白いことに、こうした補佐人的な存在が実質的に権勢を握るスタイルは
朝廷でも幕府でも、その後も続いていきました。
たとえば、朝廷なら現役天皇に限らず、引退天皇である上皇、さらには
出家した元天皇である法皇など、数多登場しています。

なんとなく奇妙な印象ですが、こうした中には「現役天皇」を凌駕する
権勢を有した方もいました。
言葉を換えれば、現役天皇御本人はお飾りであって、こうした現役天皇の
補佐人・代理人もどきの方々のほうが「真の実権者」だったということに
なります。

こうした事情は武士団幕府とて五十歩百歩配で、鎌倉幕府の後の室町幕府
では「三管四職」という言葉も登場しています。
~室町幕府の官職である管領は斯波・細川・畠山も3家(三管領)が、
 また侍所長官を赤松・一色・山名・京極の4家(四職)が交代で務めた~


要するに、こうした勢力が幕政の中枢に参与することでトップの征夷大将軍
をさしおいて幕府を動かしていた時代もあったということです。
それどころか、「応仁の乱」(1467-1477年)以後においてはそうした
体制すら崩れていきました。
この時代の将軍本人が実権を握ることができず、またその統治能力を発揮
できなかったことが最大の理由なのでしょう。

そうなると、将軍を超える実力を備えた人物が新たな補佐人・代理人?と
して登場します。
尾張国のド田舎大名に過ぎない織田信長(1534-1582年)です。
じつはこの信長以後の展開も追っていきたいのはやまやまなのですが、
話はメッチャ長くなりそうですから、ここは気を利かしてバッサリ割愛
することにします。 悪しからずネ。

ともあれ、今回の歴史教訓として強調しておきたいことは、最高格付けの
肩書を備えた人物が必ずしも実権を握っているわけではないということです。
歴史的に見れば、そのことは朝廷・天皇家においても、また武士団・幕府に
おいても同様だったのです。

そこで、~人間の価値は肩書で決められるものではない~
無位無官の筆者がその点を強調すると、外野からこんなヤジが。
~肩書のない奴はそう言いたがるものだ~ ちょっと腹が立つなぁ。




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