日本史の「付録」12 頭のテッペンも朱子学

時代劇でよく見掛ける男性頭のテッペンの剃り上げた部分を「月代
(さかやき)」
といいます。 
もう少し丁寧な紹介をすれば、~成人した男子が冠または烏帽子の
下にあたる額ぎわの頭髪を半月形に剃った部分~


 kishi_museum01.jpg 騎士(博物館)

まあ現代人の感覚からすれば、幾分シュールな印象になる髪型であること
は間違いありません。
だって、現代日本人にこの「月代」髪型を採用している人がほとんど
いないのですから、当然この結論に至ります。
もっとも、現代でもそれに似た髪型がないわけではありませんが、
大抵の場合、それは「ハゲ頭」の別バージョンに過ぎず、今テーマに
している「月代」ではありません。

そして、この時代にこの髪型が発明?され受け入れられたのは、こんな
理由からだったと説明されています。
~(日本の)中世の武士は鉄製の兜をかぶったが、頭が蒸れるので兜の
 頂上に通気孔を開けて、その穴の真下の髪を剃った~


要するに暑さ対策、現代でいうなら「熱中症」対策ほどの意味があって、
この髪型に落ち着いたとの説明です。
なるほどなぁ、そうかもしれん。
戦に出征することのない、要するに兜を被る機会のない女性の「月代」姿
は、映画やドラマでも登場した記憶がないものなぁ。

ですから、この説明は一見合理的に思われます。
ところが、もう少し視野を広げて世界にまで向けてみると、必ずしも
そうとは言い切れない雰囲気も感じられるのです。
中世ヨーロッパに「騎士」がいたからです。

この騎士たちのいでたちともなれば、その全体が仰々しいだけでなく、
今問題にしている頭部に限っても、日本の武将に比べたら、その覆い方
の厳重さときたら「兜」の比ではないのです。

確かに「高温多湿」な日本とはその気象条件の違いもあるのかも
しれませんが、それにしても「頭の缶詰」もどきの覆い方ですから、
こちらだって「熱中症対策」は不可欠だったと思われます。
しかし、映画ドラマでも「月代頭」の騎士を見たことはありません。

もちろん、騎士の中にも頭髪の薄い人はいたのでしょうが、それは
「月代」とは明らかに異なる概念であり、またその意識も見た目も
違います。
すると、ヨーロッパの騎士はメッチャ熱さに強く、日本の武将はてんで
暑さに弱かったのかもしれません。

それはともかくとして、さてこの「暑さ対策」という説明をもう少し
長いスパンで眺めてみると、こんな疑問にぶつかることにもなります。
~戦がなくなった(江戸)時代も、なぜ「月代」は廃れなかったの?~

戦がなければ普通は兜を被る必要もありませんから、そうすると頭部の
「熱中症対策」も不要になったはずです。
ましてや、朱子学思想による「士農工商」の身分制度が確立したことで、
戦は武士の専権事項となり、それ以外の農工商の百姓・町人には無縁の
ものとなっていたのです。

だったら、「月代」は、建前上「軍人」である武士にとっては必要な
髪型だとしても、戦に無縁となった武士以外の農民・町人には拘る
必要もなかったはずです。
ところが不思議なことに、このユニークでシュールな髪型「月代」は、
それ以降も続き、見直しが喚起されたのはなんと明治4 (1871) 年に
散髪奨励がされてのことだったのです。

つまり、この経緯にはこんな不思議さえ感じてしまうのです。
~平和が続いたことで、とっくに実用性を失ってしまった「月代」を、
 江戸期の日本人はなぜ後生大事に守り続けたのかしらん?~

この疑問には色々な説明が登場するとは思います。


 azai_nagamasa_sakayaki_01.jpg takasugi_shinsaku_02.jpg

月代頭の浅井長政/断髪頭の高杉晋作

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まずは、この「江戸期(江戸時代)」という言葉が意味深です。
ご存知の通り、戦国時代の最終勝者・徳川家康(1543-1616年)に
よって創立された江戸幕府をその代々の子孫が継承していった期間を
江戸時代と称しています。
一般的には、家康が征夷大将軍に就いた1603年から、その統治権を
朝廷に返上(大政奉還)した1867年までの265年間のことです。

その幕府を創立した家康が公式学問として奨励したのが、従来の儒教を
さらに過激にリニューアルした新儒教?とも位置付けられる「朱子学」
でした。
学問というよりはバッチリ宗教と言った方が正しいのかもしれませんが、
親に対する「孝」、ひいては主君に対する「忠」を最大の徳としている
ことが大きな特徴です。

イケイケドンドンの只中にあった同盟者・織田信長(1534-1582年)が
家臣・明智光秀(1528?-1582年)の謀反によって呆気なく倒れた姿も、
その後に、その織田家をないがしろにして天下人にのし上がった、
かつての信長の家臣・豊臣秀吉(1537-1598年)の姿も、間近で見て
きた人間ですから、その家康がこう考えるのは当然です。

~こんな乱れた世の中ではたまらん。 徳川家の永遠の繁栄のためにも
 反抗や謀反が悪事とされるような世の中にチェンジしなくっちゃ~

そこで、その路線にある「朱子学」に目を付けました。
朱子学が「孝」を最高の徳目をとしているからです。

そして、この「孝」を徹底的に突き詰めていけば、親や御先祖様の
言動に疑問を挟むことですら、この上ない「親不幸・御先祖様不幸」
の所業であり、また極悪非道の悪事ということになります。

そうなれば必然的に「祖法大事」、つまりは、すべては御先祖様が
行なってきた今まで通りのやり方が正しいということに落ち着きます。
かくして、改革・改善などはご先祖様の言動に対する批判・否定と同じ
意味合いになりますから、とてもじゃないができることではありません。
じつは「月代」に対しても、こういう意識が働いていたのではないか?

戦国の世に終止符を打った江戸時代には、国内には戦も絶えました。
敵対する勢力全てを屈服させたことで、幕府が創立できたからです。
また、諸外国に対してはキリスト教という厄介な問題もあって、
限られた範囲でのお付き合いしかしていませんから、これまた
対外戦争などは想定外です。

要するに、百姓・町人たちが兜を被る機会は皆無になったということ
です。
だったら、兜による頭の蒸れを心配する必要もないはずで、現代風・
合理的に考えるなら、この時点で誰かから髪型「月代」の見直し・
改善提案がなされてもよかったはずです。

ところが、この時期にそのような気配はありませんでした。
言葉を換えれば、百姓・町人の誰からも、そうした意見具申が
なかったということです。 
~御先祖様がやっていた昔通りのやり方が正しい~
朱子学がこれを金科玉条の真理としている手前、これはある意味当然の
ことかもしれません。

しかし、筆者的にはこの「月代」について、もう一つの疑問も抱いて
いるのです。
~なぜ、頭のテッペン部分を剃り上げることにしたのかしらん?~
「月代」とは真逆にテッペン部の頭髪を残して、その周囲部を剃り
上げる、いわば「辮髪」もどきの方法もあったでしょうし、または
中途半端を避けて思い切って「頭全域スキンヘッド」にしてしまう
方法もあったはずです。

頭部の暑さ対策ということなら、むしろこの「頭全域スキンヘッド」
スタイルの方が効果的なはずです。
なのに、その意味では中途半端な「月代」方式を続けていたのです。
そこで筆者は考えた。

~昔の西洋の法廷では、自分の頭髪を短く剃って、人毛を編んだ
 かつらを使用するのが一般的だった~

ノミやシラミが流行していたことが元々の理由だそうで、衛生状態を
保つため編み出した方法です。

もしそういうことなら、その自分の頭を「剃ったまま」に留め、
人毛かつらを使用しなかったパターンが、日本の「月代」ケースだった
かもしれません。
えぇ、現代でこそめったに遭遇する機会はなくなってしまいましたが、
その昔はノミやシラミはメッチャ身近な人間の友だったのです。




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