日本史の「アレンジ」21 江戸に咲いた外食文化

筆者が購読してしている中日新聞には「サンデー版」と称する 日曜専用付録?みたいな増ページがあります。 その記事(2020・01・12)がたまたま目が付いたので、どうせのこと なら皆様にもご紹介しておこうと思った次第です。 胸が高鳴る催事には屋台がつきものだった /歌川広重「東都名所 高輪廿六夜待遊興之図」 その紙…
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「世界標準」27 誰が誰に?五箇条の御誓文

明治維新の経緯の説明では、「五箇条の御誓文」という言葉がよく登場します。 ~そう言えば、学校の授業でもそうだったなぁ~ この程度に無頓着な受け止めをしていた筆者ですが、ある日、 ヘソ曲がり系の友人がこんな疑問を投げかけたのです。 ~「五箇条の御誓文」って、いったい誰が誰に何を誓ったのだ?~   五箇条の御誓文 虚を衝…
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「事始め」19 環境汚染に挑んだ女帝

歴史上の人物や出来事においては、時としてその知名度と歴史的意義が 必ずしも整合していないかのような印象を受けることもあります。 たとえるならば、現代ではエピソード程度に語られている事績が、少し 深入りしてみると、じつは当時においてはメッチャ壮大な政治構想に 基づいたものだったりする場合のことです。   天武持統合葬陵 …
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「迷宮入り」18 コールド・ケース邪馬台国

たまたま手に取った本にこんな文章がありました。 ~邪馬台国の所在地については21世紀に入っても議論が続いている~ その邪馬台国とはご存知の通り、いわゆる「魏志倭人伝」 (成立:280年から297年頃)にある、30ほどの国家からなる倭国の都とされ、 さらには倭国の王としての女王・卑弥呼(生年不明/没年242~248年)が 居住し…
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「微妙」13 幕府と外様のネジレ相関図

  豊臣秀吉(1537-1598年)亡き後、「関ヶ原の戦い」(1600年)に勝利し、 その豊臣家を押し退ける形で実質的に天下を掌握したのは、豊臣政権の 中枢にあった徳川家康(1543-1616年)でした。 その「関ケ原の戦い」において薩摩藩は、島津家当主の弟・島津義弘 (1535-1619年)が少数の兵を率いて反家康側に立ちま…
コメント:0

続きを読むread more

日本史の「トホホ」29 DeusもGodも神ですか?

  イエス・キリスト 日常ではそれほど頻繁に使う機会はないものの、とんと聞き慣れないという ほどでもない「八百万神」(やおよろずのかみ)という言葉に、たまたまの ことぶつかりました。 ただし、この場合の「八百万」は実数を表しているわけでもなく、たとえば、 (江戸の)八百八町/(大坂の)八百八橋/(アナタの)嘘八百/など…
コメント:0

続きを読むread more