日本史の「災難」14 後出しジャンケンの汚名

来年(2020年)のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公は戦国武将・
明智光秀とのことです。
例年、この大河ドラマには注目と期待が集まりますが、ところが今回は、
出演予定の女優さんに芳しくないスキャンダルが持ち上がるなどして、
番組放送以前にすでにひと騒動を演じました。

そのあたりのことはともかくとして、さて歴史上に実在した人物としての
明智光秀(1528?-1582年)なら、やはり主君・織田信長を襲撃の末に暗殺
に及んだ、あの有名な「本能寺の変」(1582年)を抜きにして語ることは
できません。
そして現代人は、その実行犯・光秀を「謀反人/悪人」と見る傾向が強い
ようです。

しかし、よくよく冷静に眺めるなら、これは「思い違い/錯覚」かも
しれません。
なぜなら、光秀の行動を「謀反」と捉えるのは、いわば「後出しジャンケン」
もどきの判定だからです。

少し振り返って眺め直してみるなら、さて信長亡き後に、その織田家を
排除するような形で天下を掌握したのは豊臣秀吉(1537-1598年)でした。
しかし、これは長続きしませんでした。
後継者たる人材を育てられなかったことが大きな原因です。
そうしたスキを衝くような形で、この後の天下を、その豊臣政権の中枢に
いた徳川家康(1543-1616年)が取りました。

新たに天下人の地位に就いたその家康は、光秀の主君暗殺も、また秀吉の
主家乗っ取りも、間近で見てきたのですから、こう考えるのは当然です。
~自らの政権ばかりでなく、徳川家の行く末々までの治世において、
 光秀や秀吉のような「恩知らず/謀反人」を登場させることが、
 決してあってはならないッ~


そこで、家康は新たに開いた幕府の公式学問として朱子学を採用し、
諸大名に対する徹底的な「倫理教育」を開始しました。
要するに、「裏切りは人間として最低最悪な所業である」という思想・
価値観を植え付けるべく努力を払ったということです。
そして、そうした意識が広く定着したことで、江戸時代二百六十年の
「平和」が築けたのも事実です。

しかし、そうした朱子学的価値観が根付いていなかった戦国の世を、
後に誕生した朱子学的価値観で評価することは、とてもおかしいことです。
なぜなら、江戸時代になって作られた「新しいルール」をそれより以前の
戦国時代の行動に遡って当てはめているからです。

要するに、
~裏切り・謀反とは悪事であり、それを行った光秀や秀吉は極悪人だ~
とする解釈の妥当性には少なからず疑問符が付くということです。
言い換えるなら、戦後日本における価値観をもって、
~戦前も大正も明治も江戸も、とにかく「戦後」を迎えるより以前の日本
 は民主主義でなかったから、悪の国家だった~

こう判定するのと同じくらいにヘンなことと言えます。

当然のこと、戦国には戦国の、つまり現代とは違った規範・価値観が
あったはずです。
そしてその時代には、「裏切りは悪だ」とする思想?は、少なくとも、
現代ほどには濃厚ではなかったように思われます。
ついでのことですから、その状況証拠?も少し挙げておきましょう。

もし、「裏切り」を絶対の悪とするなら、「関ヶ原の戦い」(1600年)で、
豊臣方・小早川秀秋に「寝返り(裏切り)」をさせた家康自身も
「悪人の仲間(共犯者)」ということになってしまいます。
裏切りを唆しているわけですから、現代ならさしずめ「教唆犯」に該当
するのでしょうか。

しかし、家康はそれに対する自己批判もしていませんし、そのことに対する
自責の念も見せていません。
つまり、このことは戦国時代には「裏切りは絶対の悪」とする価値観は
存在しなかったことの傍証になります。

ひょっとしたら、戦国の世では「裏切り」という行為・行動は、有効な
外交手段の一方法くらいに受け止められていたのかもしれません。
逆に言うなら、「裏切られるような奴」は政治的センスに欠けた「二流人物」、
あるいは緊張感に欠けた「間抜け」というほどの感覚だったのではない
でしょうか。

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謀反人・明智光秀/大きいことはいいことだ

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現代人~しかし、それでも“裏切り”はいかにも卑怯臭い!~
戦国人~そんな意見・ルールはそれこそ後世の人間の “後出しジャンケン”
    に過ぎず、もっと卑怯臭い!~

現代人~逆切れするのかッ! 戦国人って、まったく野蛮な人種だな!~
戦国人~なら言わせてもらうがダ、君たち現代人が後世の人から、こう批判
    されても、黙ってそれを我慢できるのか?~
「世界各地で多くの餓死者を出していた時代にも、そのことに気が付かない
フリをして“飽食”を享受し続けた現代日本人は“超・極悪人民族”だった!」


現代人~むむむ、それは話のすり替えでスジが違うだろうが! 
    それにダ、その“飽食”とは、メタボのボクに対する当て付けか!~

戦国人~ヘンに気を回す必要はないッ。 そうではなく、後世に生まれた
    新しい価値観を振り回すなら、何とでも言えるというひとつの
    サンプルじゃ!~

お話が幾分逸れ始めていますが、こうした後出しジャンケンもどきの
「受け止め方の逆転」は、日本史では再々見られています。
たとえば、よく知られる織田信長(1534-1582年)による「比叡山焼き討ち」
(1571年)もそのひとつなのでしょう。

当時の寺社勢力は決して「丸腰」ではありませんでした。
非武装の「丸腰の寺社」という姿は、信長の後の豊臣秀吉(1537-1598年)、
さらにその後の徳川家康(1543-1616年)らの、強力な政治指導?が
あって、ようやくに方向付けられ実現できたものです。
それまでの「寺社」とは、ヘタな大名などてんで足元にも及ばないくらい
の「超軍事大国」でした。

そして、信長の「武装解除」要求に対し、寺社側はこれをにべもなく拒絶
しました。
~なんら権威・権力の裏付けもないド田舎武将が何を吠えとるのじゃ。
 チャンチャラおかしいわい、文句があるなら腕で来いッ!~

そのように扱われた信長が、本当に「腕で行った」のが「比叡山焼き討ち」
だったということです。

この「焼き討ち」がきっかけとなって秀吉の時代の寺社勢力は、ついに
「武装解除」に応じるようにもなり、その結果に初めて「丸腰の寺社」の
姿が登場したのであって、信長が一方的に「丸腰の比叡山」を攻撃した
ものでは、決してありません。

ところが、江戸期以降の丸腰になった坊様のイメージが強いせいか、
「受け止め方の逆転」現象が起こり、信長のとてつもない野蛮な行為
だった、との解釈が登場してきたのです。
説明を加えるまでもなく、これは原因と結果をすっかり取り違えた解釈と
いうことになります。

さて、お話がどんどん逸れていきますが、この手の「逆転」は現代にも
あることにお気づきでしょうか?
たとえば、ひと昔ふた昔前なら「恰幅が良い」と肯定的に捉えられた体形も
現在では「メタボリック症候群」と否定的な評価となり、ほぼ病気扱いです。
威張るつもりはありませんが、そう、筆者なぞはとても立派な病人なのです。

さらには、俗世間に染まっていない若い女性を指して「深窓の令嬢」とか
「箱入り娘」なんて言葉も用いられた時代もありました。
しかし、これも現代では、さしずめ「世間知らずのバカ娘」ほどの言い方に
なるのでしょうか。

このロマンに欠けた実も蓋もない言い方は筆者の好みではありませんが、
そういう女性が存在していることは、現実に見聞きもしています。
もっとも周りの人間も、そうした女性に対しては、正直・露骨な物言いを
避けますから、ご本人自身は「深窓の令嬢」気取りでいるようですが。

あぁ、まだありました。
振り返れば、1968年(昭和43)頃のお話のようですが、M製菓のCM
ソングの「大きいことはいいことだ」という歌詞が大人気を呼んだことが
ありましたっけ。

もちろん商品が「大きい」ことは、消費者にとっても「いいこと」と歌って
いるのですが、世界の景気が良かった頃、そして日本も高度成長期で何でも
「重厚長大」がもてはやされた時代でしたから、そうした社会的な雰囲気も
追い風になったのでしょう。

ところが、その後にはこれとは真逆の「軽薄短小」がもてはやされる時代
になり、「重厚長大」はすっかり過去の遺物となってしまったのです。
要するに、「大きいことはいいことだ」は、時代の「受け止め方の逆転/
後出しジャンケン」によって、真ッ向から否定されちゃったわけです。

ですから、どうぞ皆様方におかれましても、こうした歴史的事実を肝に
銘じることで、「後出しジャンケン」の被害に巻き込まれないよう、
充分にご留意くださいネ。



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この記事へのコメント

古代子孫
2019年12月30日 17:22
毎回面白く拝見させて頂いています。今年もあと30.31日と残すばかり。来年もさらに面白い物を期待しています。蛇足ですが、文字色が背景の薄グレーに対して薄黒でしょうか?若干私の年代では読みずらい面がありました。またレイアウトを変更される機会がありましたら
ご検討願いたく思います。勝手な要望です。当分の間忘れてください。良いお年をお迎えください…
2019年12月31日 09:30
>古代子孫さんへ

コメントありがとうございます。
ご指摘いただいた点については、実は管理人自身も
少なからずの不満を抱いているのですが、それは、
ページ提供側の仕様が今年になって唐突的に大幅変更
されたことが原因になっています。

その変更点・取止点・追加点などのそれぞれが
従来仕様とは大きく異なってしまい、知識に乏しい
管理人などは、その内容を正しく消化するまでに
到達できず、古代子孫さんにもご迷惑をおかけして
いる次第です。 申し訳ありません。

なぜ読み辛い文字色がデフォルトに既定されている
のかもイマイチよく分かりませんが、この辺りは
管理人側が一手間かけることで修正できそうですので、
以後は心掛けるようにいたします。
これに懲りず、今後ともよろしくご愛読のほど、
お願い申し上げます。
                 管理人・住兵衛