日本史の「女性」26 ハプニング?女帝誕生

神武天皇をもって歴代天皇の初代としていますが、しかし、実際には
この当時にはまだ「天皇」という称号はなく、大方のみるところでは
「大王」ほどの呼び方をしていたようです。

「天皇」という言葉が登場したのは、きっとなら第40代・天武天皇
(生年不詳-686年)の頃のことでしょう。
自らの国家の歴史書「日本書紀」の完成が720年のこととされてるところ
からしても、この頃には独自の国家像を描き、またトップに対しても
独自の称号を用いるようになったと思われるからです。

ということは、それ以前の、たとえば最初の「女帝」とされる第33代・
推古天皇(554-628年)などを「女性天皇」と呼ぶのは、厳密にいえば
いささk不正確な表現で、むしろ「女性大王」の方が正しいということに
なるのかもしれません。

逆に言えば、天武天皇以降に登場した「女帝」なら、真正面から「女性天皇」
と呼んでも不都合はないことになりそうです。
そこで、そうした「女性天皇」を探してみると、まずは天武天皇の妻で、
その後代、第41代・持統天皇(645-703年)を見出すことができます。

またその後には、一代おいて第43代・元明天皇(661-721年)、さらには
第44代・元正天皇(680-748年)と続き、留めには第46代・孝謙天皇
(718-770年)、この方は重祚して第48代・称徳天皇としても務められ
ましたが、こうした「女性天皇」たちも挙げることができます。

この時期に女性天皇が数多誕生したのは、朝廷内部の事情によるものです。
メチャ乱暴に言い切るなら「血統派閥抗争」もどきの雰囲気もあって、
要するに、第38代・天智天皇(626-672年)の娘でもある持統女帝が、
夫・天武の血統(天武系)に繫がる者を避け、自らの血統(天智系)で
皇位を継承させるべく、ちょいとばかり無理を重ねた結果が、この
「数多の女帝」登場を招いたということです。

その裏付けとして、いわゆる「天武系天皇」が、この第48代・称徳女帝で
途絶えると、以降「女性天皇」はパッタリと途絶えています。
では、これ以降は二度と再び「女性天皇」は登場しなくなったのか?
どっこい、そんなことはありません。

実はずっと後に、なんと859年も経った頃に、称徳天皇以来の「女性天皇」
が誕生しているのです。
もっとも、わずか8歳での即位でしたから、「女性天皇」というよりは
「女の子天皇/女児天皇/幼な姫天皇」と表現した方が的を射ている
のかもしれませんが、その「女性天皇」こそが、第109代・明正天皇
(1624-1696年)なのです。

メッチャ久しぶりの「女性天皇」だったことは、後の諡号が「明正」に
されたことでもよく分かります。
ずっと大昔の女帝である、第43代・元明、第44代・元正から、
それぞれ下の一字づつが用いられたことには、おそらくは「女性天皇」で
あることを印象付ける意味もあってのことでしょう。

ただ、同じように一字づつを頂戴するにしても、双方のそれぞれ上の字を
採ると、「元元天皇」になってしまうので、さすがにこれでは拙いと
考えたのかもしれません。

しかし、なにせ約900年ぶりのことになるのですから、「女性天皇」の
誕生には、そこに大きな「事情」があったはずです。
では、どんな事情が? 
メッチャ乱暴な言い方なら、時の天皇、即ち先代の第108代・後水尾天皇
(1624-1696年)が、幕府の重ね重ね無礼な対応にプッツンしたことが、
その理由とも言えそうです。

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 後水尾天皇/  春日局/

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実際にはもっともっと多くのことに腹を立てていたのかもしれませんが、
そうした中でも、少なくとも「紫衣事件」と「無官参内事件」については、
朝廷の存在を無視した暴挙として、腹に収めておけないほどに激しい
怒りを覚えたようです。

朝廷として正式に、最高格式である「紫の衣」の着用を認めた僧侶に対して、
その決定を幕府が事後に覆したのが「紫衣事件」(1627年)でしたし、
一方の「無官参内事件」(1629年)は、第3代将軍・徳川家光(1604-1651年)
の乳母である斎藤福(後の春日局/1579-1643)が無位無官の身分のまま
昇殿を図ったという出来事でした。

どちらも、後水尾天皇からすれば、幕府による朝廷の権威をハナから無視
した行動であり、とりわけ「紫衣」事件については、その許認可が朝廷の
収入源の一つである事情も重なっていましたから、その怒りはチョックラ
チョイで収まるものではありません。

幕府にメンツを潰された形になった後水尾天皇は、そこで自ら天皇の座を
降り、即ち「譲位」して自分の娘を後継天皇に立てるという、幕府に対して
あからさまに「当てつけ」行動を取ったのです。

それで誕生したのが「女の子天皇/女児天皇/幼な姫天皇」である
明正天皇だったのです。
かくして、降って湧いたような経緯の末に、約900年ぶりの「女性天皇」の
誕生を見たわけですが、当然のこと朝廷内の実権は父・後水尾天皇が
握り続けました。
なにせ後継・明正天皇はわずか8歳なのですから無理もありません。

そしてこの約900年ぶりの女帝の周辺を眺めてみると、これがまた妙に
複雑で面白い構成になっていることに気が付きます。
新女帝の父は当然後水尾天皇ですが、生母はなんと徳川将軍家の出身で
ある徳川和子(東福門院/1607-1678年)、つまり江戸幕府第二代将軍・
徳川秀忠(1576-1632年)の娘なのです。

要するに、この明正女帝は二代将軍の孫であり、三代将軍・徳川家光
とは伯父・姪の血縁関係になるわけです。
しかも、無位無官参内で後水尾天皇を烈火の如く怒らせた斎藤福
(後の春日局)とは、御存じの通り、その家光の乳母を務めた女性です。

その「無断参内」の真意は、自分の乳を飲ませた家光を将軍秀忠の後継者に
するべく、一種の運動?陳情?に上がったものとされています。
朝廷からすれば、この時期の幕府のこうしたやり方は、幾ばくの血縁がある
ことをいいことに、朝廷本体の意向をことごとく無視した傍若無人な
振る舞いを続けたという受け止めになります。

実際、それは誤解ではありませんでした。
明正天皇が徳川将軍家を外戚とする天皇ということもあって、これ幸いと
ばかりに、幕府は幕府で「禁中並公家諸法度」をタテに取って朝廷に
対する介入姿勢を本格化させたからです。

ですから、後水尾天皇が布いた「院政」とはそれに対する対抗策でもあった
ことになりそうです。
ではその「後水尾院政」はその後うまくいったのか?
それなりにうまく機能したと評価してよさそうです。

というのは、当初は院政を認めなかった幕府も、すでに明正天皇の時代には、
その隠然たるパワーを認めざるを得なくなっていたからです。
そのパワーは、自分の娘である
第109代・明正天皇 (在位:1629-1643年)に続き、次の
第110代・後光明天皇(在位:1643-1654年)、さらには、
第111代・後西天皇 (在位:1655-1663年)、そうして
第112代・霊元天皇 (1663-1687年)と、以後4代の天皇の後見人として
実権を握り続けたことが証明しています。

ちなみに、「859年ぶりの女帝」明正天皇も、日本史上においての非常に
ユニークな記録?ですが、その父親・後水尾天皇も負けず劣らずの記録を
長い間保持し続けていました。
「歴代(神話時代を除く)最長寿の天皇」というタイトルです。

「いました」と過去形の表現になるのは、後にこの記録を破る天皇が登場
したからで、その天皇こそ第124代・昭和天皇(1901-1989年)でした。
根っからの余談になりますが、天皇長寿最高記録を打ち立てた昭和天皇は
こうコメントされたようです。
~後水尾天皇の時は平均寿命が短く、後水尾天皇の方が立派な記録です~



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