日本史の「トンデモ」04 言霊商標の平和万能薬?

1945年以降の、いわゆる「戦後日本」は戦争に対する猛省という意味合いも
あってか、「何にもまして平和」を重視する姿勢に転じました。
戦争よりは平和の方をありがたく思うのは人の常ですから、これはこれで
評価されるべきことでしょう。

そうした風土にあって、「戦後日本」はさらに「平和構築」を目的とした
多くの思想・政見も登場させました。
ただ、玉石混合というか、そうした中には当時はそれなりの注目を浴びた
ものの、今となってはトンデモ説と言わざるを得ない思想・政見も混在して
いたように思えます。

意地の悪いヘソ曲がり系の筆者などは、そうした印象を拭うことが
できません。 では、こうした思想・政見の何がトンデモなのか?
一口に言うなら、
~具体的な方法論はすっ飛ばして、美しい言葉で飾る~
何よりも、こうした点を最優先させる方法にあると言えそうです。

実はこうしたスタイルは、昔の昔から日本民族が備えていた特有の習性だと
言うこともできそうなのです。
身近な例なら、祭礼の折に神主・祢宜様が神に祈る言葉「祝詞」が
その通りで、これにはこんな指摘がされているのです。

~感情の純粋性・清浄さ・崇高さを備えたその内容は荘重ではあるものの、
 「抽象的」(※具体的でない)であり「類型的」である~
実は、戦後日本が誕生させた多くの「平和論」はこれと全く同じ構造を
備えているように感じられます。
~えぇ、「神道の祝詞」と「戦後の平和論」が兄弟だなんて、ウッソー!~

一般人からの新聞投書だったか、学者あるいは社会評論家の社説だったか、
今となっては詳しいことを忘れてしまいましたが、いわゆる「戦後」の
ある時期に、こんな主張があったことを思い出しました。

~日本が再び戦争となったら、国民は銃を取って戦うよりも、静かに
 「無条件降伏」するのがよい(平和は維持される)~
何かしらヘンな理論理屈だなぁとは感じたものの、その時はこうした
意見とは無関係な位置にいたので、やがては忘れてしまいました。

しかし、ひょっこり思い出した今になって振り返ると、何とも不思議な
感覚に襲われます。
第一に、自国が消滅しても「平和がいい」と主張するこの発言者は、
無条件降伏した国民に穏やかな日々が約束されているとでも思っていた
のでしょうか。

確かに、昭和の戦争の後のGHQ(占領軍)に、多少はそういう努力を
認めるにせよ、条件降伏っていうのは、元々はこういうことです。
~なんらの条件を付することなく、敵の権力に国家の命運を委ねる~

実際、無条件にせよ条件付きにせよ、降伏国家が勝利国家に委ねたはずの
「命運」というものを、少なからず歴史は示しています。
たとえば、中原を制した元帝国(1271-1635年)に負けた朝鮮半島・高麗
(918-1392年)の行く末にも悲惨なものがありました。

元国の命令により、日本渡航用の船舶を大量に作らされたばかりか、実際の
戦闘において最前線に立たされたのも降伏国・高麗の兵士達でした。
二度にわたる海を越えた日本侵攻(元寇/1274年・1281年)作戦における
降伏国・高麗の国民の命は、勝利国・元にとっては、なんとも軽いもの
だったわけです。

同じようなことは、国内の歴史にも見いだすことができます。
今川家に併呑されていた頃の松平家も、当主・松平元康(後の徳川家康/
1543-1616年)が人質扱いを受けたばかりか、その松平家の家臣・兵士たちは
戦の度に激戦地の最前線に立たされるという、まさに降伏国ならでは苦汁を
味わいました。

ですから、降伏国家・国民がこうした状況に追いやられることは、洋の東西
を問わず歴史の真理・常識と言っていいのでしょう。
ああ、それなのに、あたかも日常が変わらないかのような口ぶりで、
「無条件降伏」を薦めるなんてことは、まったく詐欺もどきの言動だと
言わざるを得ません。

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 祝詞(言霊信仰)/永世中立国・スイス

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そう言えば、「全方位外交」という思想・政見もありましたっけ。
~特定の外国との提携に偏らず、すべての国とほぼ同程度の外交関係を結ぶ
 と同時に、すべての国が潜在的な脅威の源となりうるとの認識のもとに
 進められる外交~

言葉の定義としては、このくらいの意味になるようですが、実際には
前段にある「仲良しで平等」部分が強調され、後段の「潜在的な脅威」の
について触れられることは少なかった印象で、要するに、
~周りのみんなに笑顔で接すれば、敵は生まれない~という、美しい
意味合いばかりが強調されていたような記憶があります。

残念ながら、これも実際の効果が限りなく薄い「言霊商標の平和薬」、
言い換えるなら、「言霊信仰による言葉の上の平和」に過ぎません。
その言葉が失礼なら、「単なる祝詞」と、もっとストレートに言うべきが
正しいのでしょう。
だって、こちらが仲良くしたくても、相手が同様に考える保証がないことは、
小学生だって理解できることですからねぇ。

ちなみに誤解を招かないように補足しておくと、言霊信仰とは、
~言語そのものに霊力が宿っているという信仰~のことであり、
やや乱暴に補足するなら、
~具体的な努力を積み上げなくとも、言葉を口にすればその霊力で実現
 できる~とする信仰と言えましょうか。

こうした祝詞的な言葉の中でも、もっとも面白いと感じたのは、この思想・
政見でした。
~日本国憲法の戦力放棄規定を厳格に守り、一切の武装と武力手段を放棄、
 積極的、絶対的中立を維持する~

1966年、当時、日本社会党と名乗っていた政党が打ち出した、いわゆる
「非武装中立論」と呼ばれた思想・政見です。
当時の反響については詳しくは承知しませんが、それにしても、一国の
最大野党(当時)の見識がこの程度だったことには改めて驚かされます。

自衛隊の存在がよほど目障りだったものか、
~自衛隊を解消し、国民警察隊、平和国土建設隊を創設~と訴えている
のですから、この駄々っ子並みの態度は、とんと分からないなあ。
だって、いくら自分たちの気に入らないからと言って、自衛隊を廃止し
ちゃって、国防は一体どうするのさ?

いくらヘソ曲がりではあっても、筆者とて平和を愛することに何らの異存は
ありません。
しかし、それを構築するための手段が、「無条件降伏」や「全方位外国」、
さらには「非武装中立」の類だとすると、まあ間違いなく
~具体的な方法論はすっ飛ばして、美しい言葉で飾る~と定義できます。

つまり、この時代に一定の関心を集めたこれらの思想・政見は、
そのすべてが具体的努力に欠け、言葉の美しさだけに惹かれた、あたかも
「言霊商標の万能平和薬」に過ぎなかったということです。

さて、お話は飛んで、以下はオモシロおかしい「都市伝説」ということ
かもしれませんが、かつてその「非武装中立」を熱烈に支持していた
人物がこう主張したそうです。
~日本も「永世中立国」となって、「東洋のスイス」を目指すべきだ~

ところがギッチョン。
スイス連邦の実情は「武装中立国」であり、「スイス軍隊」(国防軍)を
しっかり保持し、「国家全域要塞」のインフラを整備しているばかりか、
さらには「国民皆兵」を国是とし、一旦有事の際には速やかに「焦土作戦」
にも移れるよう、応分の爆薬を常備しているそうですよ、これがぁ。



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