日本史の「数字」01 文政テーマパーク殺人事件

筆者の生息地・愛知県では、戦国時代に天下を掌握した三人を
「郷土の三英傑」と称え、「名古屋祭り」の折には、それぞれの名を
冠した隊列を組み、豪華勇壮なパレードまで披露しています。

いわゆる「英傑行列」ですが、その三英傑は地元以外の人にもかなり有名な
存在だとは思います。 念のためにその顔ぶれをご紹介しておくと、
織田信長(尾張国/1534-1582年) 天下布武を標榜する
豊臣秀吉(尾張国/1537-1598年) 信長亡き後の天下人となる
徳川家康(三河国/1543-1616年) 秀吉亡き後に江戸幕府を創立

また、拙ブログでは、ずっと以前のことになりますが、「寛政の三奇人」
方々を取り上げたことがあります。
思忘れが進んでいないことを願いながら、恐る恐る思い出してみるなら、
林  子平(1738-1793年) 経世論家(政治・経済・思想家ほどの意?)
高山彦九郎(1747-1793年) 尊王思想家(幕府より朝廷を上に置く)
蒲生 君平(1768-1813年) 儒学者(天皇陵を踏査)

そして、ことのついでに、この「奇人」とは「奇妙な人/けったいな者」と
いう意味ではなく、「優れた人物」のことだと強調した書き方をしたことも
思い出しました。
もっとも、この三奇人の顔ぶれについては、自分の頭、つまり自力本願
だけでスンナリと思い出せたわけではなく、手っ取り早く言えば、
他力本願、つまりカンニングを駆使した辿り着いた結果であることは
有り体に白状しておく必要がありそうです。

そうした背後の事情はともかくとして、ひょんなことから、この
「寛政の三奇人」の他にも、同様に「年号+三(人物)」となっている
言葉があることを知りました。
そして、あれこれ探索した挙句に、この言葉にぶつかったのです。 
「明和(年間)の三美人」
明和年間とは1764年から1772年の期間ですから、ちょうど上の三奇人・
蒲生君平が生まれた頃になります。

これには、笠森お仙/柳屋お藤/蔦屋およし/の三女性の名が挙げられて
おり、その生涯の詳細はよくは承知していないものの、ただ、どなたに
ついても、~お店の看板娘としてもてはやされた~との説明になっています。
浮世絵の題材としても取り上げられたそうですから、それぞれに大層な
美人だったことは間違いなさそうです。

そんな寄り道を繰り返しているうちに、今度は「文政の三蔵」に衝突です。
「文政」年間とは、1818年から1831年までの期間ですから、この
「文政の三蔵」との表現には、ひょっこり、こんな錯覚すら抱いて
しまいました。 ~文政年間にも三蔵法師はいた~

というのは、こんな説明もあったからです。
~日本では中国の伝奇小説「西遊記」に登場する人物「三蔵法師」として
 特に有名だが、三蔵法師というのは一般名詞であり、尊称であって、
 固有名詞ではない~
 

だったら、たとえば「天保水滸伝」にあやかるような形で「文政西遊記」
もどきのお話があり、そこに今話題に取り上げている三蔵法師が登場して
いたところで、なんらの不都合もないはずです。 ところが、実際には、
~文政年間に存在した「蔵」の字が付いた三人の人物(武士)~と、割合に
素っ気ない説明になっています。

確かにその通りなのでしょうが、何分にも筆者にとっては「初顔合わせ」
の人物たちですから、早速にカンニングに走る必要があります。
それによると、
平山 行蔵(1759-1829年) 幕臣・兵法家。
近藤 重蔵(1771-1829年) 幕臣・探検家。
間宮 林蔵(1780-1844年) 将軍家御庭番・探検家。
ということで、要するに、「黒船来航」(1853年)より四半世紀ほど
前の時代に活動していたお歴々ということになります。

さて、さらによく眺めてみると、この三人のうち二人(間宮林蔵と近藤重蔵)
までが、なんと探検家と紹介されていることに気が付きます。 
ええッ、全然気が付かなかったってか!
気が付いてくださいよ、そうでないと話が進みません。

fujiyama_kondou_meguro_01.jpg kondou_jyuuzou_01.jpg
近藤富士(右奥に本物の富士山が見える)/近藤重蔵

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では、しっかり気が付いたことにして、お話を先へ進めます。
ちょっとばかり気になるのは、では、こんな時代に一体何を探検していた
のかという点で そこで三蔵の一人、まずは近藤重蔵について
探ってみると、こんなプロフィールが紹介されていました。

~湯島聖堂の学問吟味において、最優秀の成績で合格する~
今風に言うなら、東京大学の入学試験でトップ合格を収めたという感じに
なるのでしょうか。

幕府役人となった後の重蔵はトントン拍子に栄進し、1800年頃を跨いで
数度の「蝦夷入り」(北海道探検)を果たしています。
「探検家」という紹介は、こうした事績を踏まえたものでしょう。

そして、この時期に行動を共にしたのが、農民出の幕府役人という異色な
経歴を持った出羽国出身・最上徳内(1754-1836年)でした。
二人は千島列島・択捉島まで探検を進め、その地に「大日本恵土呂府」
の標識?(木柱)まで建てています。

余談ですが、この同僚?最上徳内の名が、ひょっこり「徳蔵」だったり
したら、案外のこと三人全員を探検家で固めた「文政の三蔵」になって
いたのかもしれません。

最上徳蔵?/近藤重蔵/間宮林蔵/の三蔵です。
「探検家2名/兵法家1名」の「三蔵」より、全員を探検家で揃えた
「三蔵」の方が分かりやすいし、見栄えもいいですからねぇ。

それはともかく、この重蔵が後年、第11代将軍・徳川家斉(1777-1841年)に
御目見が許されたのも、こうした仕事ぶりが大きく評価されたからでしょう。

ただ、人格的にはあまり評判は良くなかったようです。
廻りからは、いわゆる「自信過剰なイヤな奴」と見られる傾向もあった
のか、1819年には思わぬ左遷すら味わっています。
その挙句に遭遇した、いわゆる「鎗ヶ崎事件」(1819年)にもちょっと
触れておきます。

この事件にはこんな背景がありました。
~重蔵は、富士講の信者たちに頼まれて(1819年)、本宅の他に所有して
 いた広大な遊地に、富士山を模したテーマパーク? もどきの風景を
 築造した~

これは、浮世絵の題材にも取り上げられるほど大層に立派な風景だった
ようで、別に目黒新富士・近藤富士・東富士などとも呼ばれて、大勢の
参詣客で賑い、門前には露店も出現するほどだったとされています。

ところが、1826年のこと、
~その管理を任せていた長男の近藤富蔵(1805-1887年)が、屋敷の
 敷地争いから町民7名を殺害~

このことで、長男・富蔵は八丈に流罪となり、父である重蔵も連座して
他家への御預に処されるはめになり、挙句にその三年後には失意のうちに
亡くなってしまいました。 (死後約30年の1860年に連座は赦された)

ここからは、根拠に乏しく、かつ筆者の個人的な心象ということになり
ますが、公式発表?では、「屋敷の敷地争いから町民7名を殺害」と
されている、この「鎗ヶ崎事件」の経緯にはなんとなくスッキリしない
ものを感じるのです。 もっと露骨に言うなら、
~敷地争いくらいのことで、普通7名もの人間を殺害するかぁ?~という
素朴な疑問です。

重蔵は自分の遊地にテーマパーク?を作れるほどの力があったのですから、
ひょっとしたら(あるいは、ひょっとしなくても)、長男・富蔵は、
それこそ「お坊っちゃま育ちの世間知らず」だったかもしれません。

「お坊っちゃま育ち」というのは、何事も自分の思い通りにならないと、
やたらイライラして、我慢・寛容の心持ちに欠ける傾向があるものです。
要するに、他人様と衝突することが決して少なくなかったように思え、
事実、幼少の頃から素行が悪かったようです。

ですから、「素行の悪い十代の富蔵お坊っちゃま」のわがままが暴発し
「7人殺害」にまで発展した? こんな理解もできないわけでもありません。
アレレ、しまった! 近藤重蔵絡みのスキャンダルに目を奪われてしまい、
肝心の「文政の三蔵」までお話が進みませんでした。

このテーマについては、いつか近いうちに取り返そうと目論んでいますが、
ただ、その時まで失念なしで過ごせるかどうか?
実を言うなら、こちらの方がはるかに大きな課題なのかもしれません。



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