日本史の「ツッパリ」26 時世時節が変わるは悪だ

「原理主義」という言葉があります。
~一般的に、基本的な理念や原理原則を厳格に守ろうとする立場~
と説明されており、さらには、
~(原理原則を)忠実に解釈し実践しようとする思想や運動~のことでも
あり、さらには、そういう~原理主義の立場をとる人~のことを
「原理主義者」とも言うと説明されています。

そういうことなら、「原理主義者」は現代社会のこら中にいるでしょうし、
おそらくは過去の「日本」にも存在していたに違いありません。
そこで、それ系の人物を目を皿にして探してみると、格好の人物に
ぶつかりました。

どうでもいいことですが、「目を皿にする」なんて表現は個人的には
微妙にヘンに感じるのですが、~目を大きく開いて見る~ことを昔から
そのように言うそうですから、ここは目をつぶっておきます。

さてそれはともかく、ではいったいドコのドナタにぶつかったのか?
その名を「鳥居耀蔵」(諱は忠耀/ただてる/1796-1873年)と言い、
生没年からも分かる通り、江戸後期から明治時代にかけて生きた人物です。

耀蔵の「原理主義者」ぶりを理解するためには、まずもって生まれた
環境を知っておく必要がありそうです。
「幕立大学長官」?とも言うべき大学頭を務めた林述斎(1768-1841年)の
息子(三男)ですから、今風に言うなら、さしずめ東大総長の家庭に生まれ
ついたという感じになるのでしょうか。

耀蔵が、小さい頃から「朱子学」を叩き込まれたことは間違いありません。
幕府の公式学問であり、しかも生まれた父・林述斎が、そのトップの
大学頭の座にあれば、「朱子学」こそは自ら一族のアイデンティティに
他ならないわけで、これは当然の成り行きです。
現に耀蔵の弟(六男)である林復斎(1801-1859年)も「朱子学」を究め、
後に大学頭を務めています。

25歳(1820年)になった耀蔵は旗本鳥居家の婿養子となって家督を継ぎました。
この時から姓も従来の「林」から、新しく「鳥居」になったわけですから、
ここに晴れて「鳥居耀蔵」がデビューしたと言えるのかもしれません。

そして、第11代将軍・徳川家斉の側近として仕えた後、さらには
老中・水野忠邦(1794-1851年)主導による、いわゆる「天保の改革」
下で、目付や南町奉行として、その任に当たりました。
市中取り締まりなどが主だった仕事でしたか、なかなかにデキる人物で、
老中・水野の覚えもめでたかったということです。

ただし、当時の人々が付けたあだ名が、その言動から“蝮(マムシ)の耀蔵”
とか、あるいは官位の甲斐守と通称の耀蔵を並べた上に、「耀蔵・甲斐守」
(よう/かい)と反転させて“妖怪”ですから、耀蔵に対するその気分が
分かろうというものです。 早い話が「てんでイヤな奴」だった。

しかし、耀蔵本人は自らの言動を絶対の正義だと自負していました。
いうなれば、「朱子学原理主義者」の姿です。
ところで、その「朱子学」ってなにさ?
それなりに当然の疑問ですが、そのうち上っ面の二三の思想・ルール?に
注目するなら、まず「祖法大事」を挙げることができるでしょう。 

要するに、
~御先祖様たちが行ってきたことは絶対に正しいのであるからして、
 そのやり方を勝手に変えてしまうことなぞは、人でなしの行為であり
 メッチャ悪いことである~

現代人の感覚からすれな、随分に窮屈でストイックなし考え方ですが、
これだけに留まらず、別には~夷(外国・外国人)に価値はない~
つまり、~外国・外国人に関わるなぞはもってのほか、追い払うが正しい~
とする「攘夷思想」もあります。

ですから、外国の知識や情報を、新しい進歩であり価値あるものと受け
止める蘭学者なぞは、「朱子学原理学者」耀蔵からすれば、二重三重に
悪を重ねる鬼畜・人非人の如き存在だったわけです。

~こうした悪魔たちを世間にはびこらしていたのでは、世の中がますます
 悪くなってしまう~
 当然、耀蔵はこう考え、次には、
~手段を選ばず鬼畜を滅ぼしてしまうことは正義の行いである~
その「手段を選ばず」の中には、「おとり捜査」のみならず、
「罪のでっち上げ」なども常套手段として含まれているのですから、
確かにそこには「原理主義者」らしい過激性があります。

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 「天保の改革」鳥居耀蔵/    渡辺崋山/

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耀蔵が目に付けた人物の一人に、洋学に強い関心を示していた
役人・江川英龍(太郎左衛門/1801-1855年)がいました。
そこには、過去に江戸湾岸の測量手法を巡って競った際に英龍に敗れ、
そのことで老中・水野から叱責されたという、耀蔵の個人的な恨みも
重なってありました。

~あの時自分が負けたのは、江川のブレーン連中の渡辺崋山
(1793-1841年)や高野長英(1804-1850年)など、蘭学かぶれの
 連中が後ろで動いていたせいだ~

こうした逆恨みが、彼らに対する冤罪をでっち上げ、いわゆる
「蛮社の獄」(1839年)へと発展していきます。

えぇ、「蛮社」(ばんしゃ)って?
難しい言葉が飛び出したので、ちょっとカンニングに及ぶと、
~旧国学者たちは蘭学者系を、「南蛮の学を学ぶグループ」との意味で
「蛮学社中」と呼び、それが略された言葉が「蛮社」~
 と説明され、
ついでのことに「獄」にも手を伸ばすと、
~囚人を収容しておく牢獄/裁判・判決・裁き~ほどの意味だと
説明されています。

しかし、「でっち上げ」や「冤罪」までをも作り出したのでは、さすがの
耀蔵にも気が引けるものがあっただろうに、とついつい思ってしまう
のですが、ドッコイ、そこが「原理主義者」とそうでない者の感覚の違いで、
こうした「冤罪」「陥穽」(おとしいれること)も、「朱子学原理主義者」
耀蔵からすれば、世の中に存在すべきではない蘭学・洋学を排除・退治する
ための努力に他ならず、主観的には絶対の正義を行っていることになります。

では、この「蛮社の獄」の標的とされた渡辺崋山高野長英のその後は?
実際悲惨極まるものでした。
まったくの無実であったにも関わらず、渡辺崋山は藩に迷惑が及ぶことを
恐れて切腹。

しかし、一方の高野長英の方は、それほどおとなしくなく、終身刑で服役
していたところ、牢屋敷の火災(1844年)に乗じて脱獄し、逃亡を果たし
ています。
しかも、この「火災」自体にも、どうやら長英の関与があったようですが。

長英は、逃亡の末に何を思ったか江戸へ舞い戻っています。
その折には、身元がバレないように、硝酸で顔を焼いて人相まで変えた
そうですから、やることがいちいちハンパではありません。
しかし、密告され大捕り物の末に捕縛され、結局は絶命に至っています。

では、こうした「絶対の正義」を貫いたはずの鳥居耀蔵本人は
「朱子学原理主義者」としての本分を守り通したのか?
この後に起きた老中・水野忠邦との確執を知るにつけ、筆者の目には
そのようには映りません。

「天保の改革」末期に老中・水野忠邦が打った施策は諸大名・旗本の
猛反発を買ったため、その経緯に乗じて反水野派に寝返った耀蔵は
機密資料を残らず横流しました。
つまり、老中・水野を「売った」わけです。
それがために老中・水野は失脚したのですから、「朱子学」の非常に重要な
徳目である忠孝を、ここに至って耀蔵は無視したことになります。

その意味からすれば、耀蔵を生粋の「朱子学原理主義者」と定義付ける
のには、いささかの躊躇が働くところです。
ところが、折しも前任老中が将軍の不興を買ったことから失脚し、
その後任老中として復帰したのが、他ならぬこの水野忠邦でした。 

波乱万丈と言うか、まさに二転三転の成り行きですが、再び老中となった
水野は、耀蔵の自分に対する裏切り行為を許さず、職務怠慢・不正を理由に
解任しました。 当然の運びかもしれません。
有罪(1845年)の判決を受けた耀蔵は、全財産没収の上で大名家にお預け
の処分を受けました。

以後、1868年(明治元年)まで幽閉生活が続きましたが、1872年に
江戸時代からまったく様変わりしてしまった東京(旧江戸)に対して、
耀蔵はこんな憤慨を示したそうです。
~自分の言う通りにしなかったから、こうなったのだ~

要するに、洋風化が著しい風俗文化に接した「朱子学原理主義者」?
耀蔵はこのように感じたということです。
~ワシが主張し続けたように、朱子学を貫徹したならば、この国は現在の
 ように鬼畜もどきの棲む街に堕落することはなかったろうに~


えぇ、ですから筆者もその堕落の街に棲む鬼畜の一匹なんですねぇ、実は。



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