日本史の「信仰」16 名もなく儚く墓も無く

お盆の折ひょっこり親戚と話をする機会に恵まれましたが、時期的な雰囲気
もあってか、なんとはなしに「お墓」の話題に。
昨今、それなりの注目が集まっているとされるいわゆる「墓じまい」です。
しかし、その辺の事情にとんと疎い筆者は、ついつい初歩的な疑問を投げ
かけてしまったのです。 

~そもそも「墓じまい」ってなにさ?~
一瞬呆れ顔を向けられたものの、そこは親戚のよしみでしょうか、それなりの
解説をしてくれました。

その「墓じまい」とは、こういうことのようです。
~後継者がいなくなった、あるいは遠方で墓参りにいけない、などの理由で
 現在のお墓を解体したり、あるいは撤去すること~

簡単に言えば、~面倒が見られなくなって、お墓を無くすこと~になる
のでしょうか。

なるほど、昔に比べたら一家庭における子供の数が少なくなっていることも
事実ですし、またその子供のライフスタイル(結婚や転勤など)も、
地元(お墓)に近い地域で営める確率は、昔ほどには高くないことでしょう。
ですから、~面倒を見られなくなったお墓が増加し続ける~ことは間違い
なさそうです。

でも、こうした現実を知って、思いを遡るなら、こんな疑問にも発展して
いきます。
~現代において「墓じまい」(つまり墓がないこと)が、不都合でもタブー
 でもなかったとしたら、それまでの先人たちは、いったいどんなつもりが
 あって墓を拵えていたのか?~


言い換えれば、
~これまで日本人がお墓を建ててきたのはどんな理由によるものか?~
これまでとんと頭に浮かべたことのない疑問ですから、真相に近づくため
にはちょいとばかり調査も必要です。

それならということで、その覚悟を固め途端、いきなりこんな説明に衝突
してしまいました。
~(日本の)仏教をはじめとして、世界中のあらゆる宗教においても、
 お墓を建てることを義務づけている教義はないッ~


ええぇ、だったら「墓造り」って個人個人の趣味・嗜好による世界って
ことなの? のっけから、なんてことを言ってくれるのだ!
しかし、そうに違いないとしたところで、じつはこれとは別に生者と死者に
よる共同作業という解釈もあるようです。

要するに、死者をお墓に埋葬し供養することで故人の魂が浄化され成仏する、
生者の側はこのように考え、これを実行してきたということです。
大概の場合は死者自身が自分を埋葬することは困難ですから、ここのところを
生者の側が気を利かして「痒いところに手が届く」ようにしてきたわけです。

まあその辺はともかくも、こんな説明にもぶつかってしまいました。
~現代のような碑石を建てるお墓が建てられ始めたのは、江戸中期の頃から
 だといわれている~
 しかも、こうとも。
~とはいっても、その頃からすべての庶民がお墓を建てられたわけではない~

なんとも、隔靴掻痒の感が漂った説明なので、さらに突っ込んでみると、
~それは権力や富を持つ経済的に豊かな一部の層を中心にした話であって、
 一般の庶民にとっては(墓は)まだまだ縁遠いものだった~

要するに、
~墓の建立なんて大それたことは大層な金を持った者にしかできなかったゾ~
ということらしい。

これらの説明を素直に鵜呑みにすれば、要するにこういうことになる?
~日本において一般庶民が墓を建てるようになったのは、
たかだか百年二百年前からというメッチャ最近のトレンドに過ぎない~

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墓地(名古屋・平和公園)/古墳「仁徳天皇陵」?

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だったら、「墓じまい」という所業は、たかだか百年二百年前の社会状況に
戻すだけのこととなり、その是非についてそれほど深刻に悩む必要も
なさそうに思えてきます。

つまり~(「墓じまい」を)しようかしまいか、それが問題だ~もどきの
葛藤になったら、悩むことなく、思い立ったら吉日という言葉の通りに、
明日からでも早速「墓じまい」に取り組むべき、ということです。

とはいうものの、こんなことを憂慮する親戚もいました。
~「墓じまい」を思案することはええとしてもダ、そうした場合は、
 このワシが、ご先祖様たちの「終の棲家(ついのすみか)」を奪って
 しまった罪深い罰当たりな子孫ということになりゃせんか?~


それに対して、親戚の一人がこう突っ込んだ。
~そりゃあ、言ってること自体がヘンだゾ! 
 だって、「最後に落ち着く所/死ぬまで住む所」ってのが「終の棲家」
 という言葉だろ、それだったらダ、もうとっくの昔に死んじゃっている
 ご先祖様に対して「終の棲家」なんて言い方は・・・やっぱりヘンだ~


普段あまり話題にしないことを話題にしているのですから、お話の進行
自体がぎこちないのは無理もありません。
~ヘンと言われりゃ、確かにヘンかもしれん。 しかし、そのことに拘って
 いたのでは話が進まん。 そこでダ、この場限りの暫定処置として
 「墓のない者」という意味合いで「死者難民」という言葉を採用したら
 どうだろう~

「妥協の産物」って、こういう時に使う言葉かもしれません。
ともかく、話題はその「(墓のない)死者難民」に移っていきました。
そこまではよかったのですが、どこまでもぎこちない会話ですから、
こんな発言も飛び出す始末です。

~「(墓がない)死者難民」なんて表現は、ご先祖様を冒涜した子孫に
 あるまじき言葉であって、決して使うべきではないッ~
要するに、「○○家の墓」なる物にはハナから執着を持っていない
その親戚はこんな話の疲労に及んだわけです。

~ワシに「墓じまい」なぞは必要ない、なにゆえなればダ、
「仕舞」わなければならない墓をハナから持っていないからダ~

年配者の集まりは、話が見えにくい。
要するに、自分はこのようにしたと言っているわけです。
~ご先祖皆々様が菩提寺の、いわゆる「須弥壇」に眠っておられる、
 つまり、そこにはハナから墓地・墓石の類は存在していないのダ~


さらに追い打ちの自慢話が。
~昨今の急激な少子高齢化社会を想えば、すでに「無縁墓地」、また近い
 うちにそうなると推測される墓地は決して少なくなく、喫緊の社会問題で
 あると言っても過言ではない~


確かにそうかもしれん。
~その意味では、ワシの選択は時代を先取りしたライフスタイルとして
 自画自賛しておるゾ~

ああ、なるほど、21世紀に故人となる者の最低限の礼儀作法とは
墓地・墓石を持たないことだと言いたいわけね。

それに、巨大古墳の被埋葬者の比定精度を思えば、こうも言えそう。
~どんなに立派な墓地・墓石を建設したところで、千数百年も経過すれば、
 結局はどこのどなたの墓なのか分からなくなっちゃうものなのだから、
 「墓造り」なんて無駄な抵抗はお止めなさいッ!~



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