日本史の「発明発見」23 小牧山城から天下を見渡す

筆者の生息地・名古屋から車で30分ほどの「小牧(市)」。 用事を早めに済ませ、空いた時間を「小牧山」探訪に充てたのが、数日前 (2019・04・27土曜)の午前のことでした。 割合近いエリアでありながら、ここを訪れたことがないという事実に、ふと 気が付いたからです。 「歴史好き」あるいは「お城好き」の皆様には、この「小牧山…
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日本史の「ツッパリ」24 幕末老中の御意見募集

いわゆる「黒船来航」(1853年)によって外国(アメリカ)から開国を求められる ことになった幕府でしたが、ハナから相手の希望に沿うつもりは持っていません でした。 鎖国政策は権現様、つまり幕府創立者である徳川家康(1543-1616年)も 遵守してきた祖法だと強く信じ込んでいたことがその理由です。 祖法違反とは、江戸幕府にとっ…
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日本史の「信仰」15 儒教徒はメタボに憧れる

「儒教」あるいは「儒学者」という言葉は日本史の中にもよく登場しています。 では、その「儒教」って、いったいなんなの?  なんとなく分かっているようで、その実分かっていないのは、筆者とて その例外ではありません。 そこで、手っ取り早く一般的な説明の受け売りに走ると、 ~「儒教」は、(紀元前もかなり前の)孔子(前562-前479年…
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日本史の「タブー」10 神君祖法をシカトする?

戦国の世の最終勝者・徳川家康(1543-1616年)が、自ら初代将軍に就き、 創立を果たしたのが江戸幕府(1603-1867年)でした。 その将軍職を2年ほどで辞し、家康はその後継として自分の息子秀忠を 第2代将軍に就けました。 そして、自らがそうだった「独裁将軍」の姿を秀忠には求めませんでした。 諸藩に対し、「参勤交代」…
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日本史の「付録」11 待ちかねたゾ武蔵ッ!

「史実」をヒントにして後の時代に創作された芝居や小説などが、元の「史実」 そのものよりも有名になってしまうことも、ままあるお話です。 少し古い時代なら、たとえば史実「元禄赤穂事件」(1701-1703年)をモデルに した創作「忠臣蔵」がそうでしょうし、それよりは新しい時代で探すなら、幕末に 活動した土佐藩郷士・坂本龍馬(1836…
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日本史の「微妙」10 勝者は看板づくりに精を出す

筆者の生息地・尾張名古屋では、戦国時代に華々しい活躍を見せた 織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の御三方を、その死後数百年経った現在でも 「郷土の三英傑」と呼んで称えています。 ちょっと補足しておくと、こんな案配になります。 織田信長(1534-1582年/尾張国)「室町幕府」に事実上の終止符を打った。 豊臣秀吉(1537-15…
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