日本史の「信仰」15 儒教徒はメタボに憧れる

「儒教」あるいは「儒学者」という言葉は日本史の中にもよく登場しています。
では、その「儒教」って、いったいなんなの? 
なんとなく分かっているようで、その実分かっていないのは、筆者とて
その例外ではありません。
そこで、手っ取り早く一般的な説明の受け売りに走ると、
~「儒教」は、(紀元前もかなり前の)孔子(前562-前479年)を始祖とした
  思考・信仰の体系である~
 

おぉ、なんとまぁイニシエのお話なのだ! 
感嘆ついでに、その「儒教」とヤマト民族の関りあたりもちょいと探って
みました。
~(仏教よりも早く)概ね5世紀頃には伝来していたものと考えられている~
そんなに古くから関りがあったなら、神道や仏教並みの身近さを、多くの
日本人が自覚してもよさそうなものです。

たとえば神道なら、「初詣」で神社を訪れることもそういう身近な体感例の
一つに挙げられますし、一方の仏教なら、たとえば年末の「除夜の鐘」とか、
はたまた「お葬式」を取り上げていいのかもしれません。
でも、「儒教」にそうした身近さがあるのか? 
すぐには思いつかないものの、実はないわけではありません。

たとえば、御先祖の魂をこの世にお迎えする「盂蘭盆(うらぼん)/お盆」
日本人の多くはこれを「純粋な仏教行事」だと受け止めています。
「魂を迎える」のですから、これは「魂の存在」を認めていることが前提に
なります。

ところが、仏教自身はその「魂の存在」を認めていないのですから、
「純粋な仏教行事」とするのは甚だしい無理があるわけです。
それでもそう主張するということになれば、これはもう強弁?と言わざるを
得ません。
ですから、儒教における「先祖崇拝」の思想を、仏教が悪気もなくちゃっかり
取り込んだ、という感じになるのでしょうか。
少なくとも「純粋な仏教行事」とは言えない印象です。

このように、日本の歴史は古い時代から少なからず儒教の影響を受けて
いたことは厳然とした事実ですし、そればかりか江戸時代のように、ほとんど
「儒教(朱子学)仕掛け」で動いていた時期もあったのです。

そこで、その「儒教」の沿革にも多少触れてみることにすると、たとえば、
儒教の始祖・孔子サンなぞはこのくらい考えをお持ちだったようです。
~商売に励むよりは学問に励んだ方がマシだゾ~

また、そうした思想を継承した孟子サン(前372-前289年)の教えは、
それより幾分強化?されて、
~頭脳労働の人は人を治め、肉体労働の人は他人に治められる~
これを乱暴に言い切ってしまうなら、こうなります。
~(頭を使う仕事に比べたら)体を動かす仕事はレベルが低い~

こうした原儒教とも言える思想を、さらにヒステリック仕様に進化?させたのが、
ずぅ~っと後の朱熹サン(1130-1200年)が始めた「朱子学(新儒教)」です。
ここに至ると、いわゆる「士農工商」という「身分」概念をバッチリ打ち出して
いて、人間はランク付けされるべき存在になっています。

その朱子学の概念に従えば、「士農工商」「商」(商業/商人)なんぞは
~物品を右から左へ動かすだけで利益をむさぼる詐欺師もどきの輩~
として全面否定され、もう散々な評価になっています。

蛇足ですが、江戸時代中期に老中を務めた松平定信(1759-1829年)は
体の芯までこの「朱子学」思想に染まった人物でした。
その熱烈ぶりはこんな言葉にも表れています。 ~商は詐なり~
~商業なんてものはダ、人間のクズの行いであり詐欺行為に他ならないッ~
あれまあ、随分な言い方です。

でもここまで言い放ってくれると、逆に朱子学の本質が分かりやすくなります。
堅い言葉を使えば「官尊民卑」であり、俗な言葉を使うなら、
「家老の子はカエルの子」、違った!「家老の子は家老」という、厳とした
身分の存在を正義とする思想ということです。
ただ、こうした「身分」については、なんとなくイメージはできるとはいうものの、
もっと深いところになると、現代日本人はお手上げと言っていいのでしょう。

なぜなら、明治維新(1867年)以降の日本は、いわゆる士農工商を枠組みと
した「儒教仕様の身分社会」を潔く捨て、確かにその実現にはそれなりの
時間を必要としたものの、全く未知だった「四民平等社会」への移行を
割合にうまく成功させたからです。

朱子学朱熹51 北朝鮮3代01









(朱子学創始者)朱熹 / 北朝鮮3代(金日成・正日・正恩)

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現代日本では、それこそ「平等社会」が確かな形で実現しています。
そうした環境が整っているがために、逆に「儒教仕様社会」における「身分」
という概念にはとんと疎くなってしまいました。

たとえば、先に挙げた~(頭を使う仕事に比べたら)体を動かす仕事は卑しい~
儒教の影響を大きく受けた中国や韓国では、今でもこうした考え方が割合
残っているようです。
ところが、「体を動かさないことの方が貴い」とするこの思想にそれほどの
共感は集まりませんでした。

なぜなら日本では、曹洞宗開祖・道元(1200-1253年)の
~日常生活の全てがもれなく修行~とする考え方、もっと平たく言えば
~自分のことは自分でする~を当たり前のこととして受け入れていたからです。
「自分でする」ためには、「自分が動く」ことが不可欠ですから、
「体を動かすことは卑しい」なんて言っておれません。
要するに、日本民族は「儒教」以外の価値観も、しっかり備えていたことに
なりそうです。

ところが儒教国において、この「自分のことは自分でする」は、身分なき
下層階級の人間の行いということになりますから、いっぱしの身分の人間に
とっては、逆に「常識を逸脱した暴挙」ということになるのです。
こうした様々な「暴挙」?については、ウソかマコトか、数多くの面白可笑しい
エピソードが語られていますから、好奇心とオヒマを備えた御仁は、ちょっと
覗いてみるのも楽しいかも。

逆に言えば、自ら体を動かさないことをステータスとする世界では、
「ほっそり体形」よりも「ぷっくら体形」の方がカッコイイとされます。
自分がコマメに動いていては、なかなか「ぷっくら体形」にはなれませんから、
当然の結論です。
しかも、その「ぷっくら」も、「少し動くと肩で息をする」くらいがベストで、
現代日本なら間違いなく「メタボだ」、「デブだ」、「醜悪だ」と糾弾される
レベルの体形を「恰幅が良い」という表現をもって前向きに評価したのです。

そこで、現代世界の異端児?北朝鮮の三代※にわたる最高指導者(独裁者)
です。 
これについての日本人の平均的な感想は、おそらくこんな具合でしょう。
~飢えた国民の前にして、三代が揃いも揃ってあれだけ身体が太っている
  (いた)のは、自分たちだけは、よほどたらふく食っている(いた)のだろう。 
  飢えた国民を可哀そうとは思わんのかよぅ、ホントに!~

※初代・金日成(1912-1994年)/二代・金正日(1941-2111年)/
  三代・金正恩(1984-     )

ところが、この事態を、「儒教」というモノサシを持ち出して眺め直してみると、
こんな風にも言えそうです。
~貴人であることのアリバイ?としても、そのカリスマ性を広く人民に
  認めさせるためにも、あのメタボ体形はぜひとも必要である~


要するに、あの体形こそが、独裁者の正統性を担保する「必須要件」
というわけです。
ここで言う「少し動くと肩で息をする」くらいの体形なんて、おそらく日本なら、
たちまち不健康との烙印を押されてしまうに違いありません。
ところが、某北朝鮮国ではそうならないのですから、この差はやはり
「宗教」(儒教)に基づくものと理解すべきなのでしょう。
ブラック・ジョーク風に言葉を換えれば、文字通り
~国家のために(メタボにした)体を張っている~ワケです。

儒教を取り上げたと言いながら、ここまではなにかしら「デブ症」に拘った
お話になってしまいましたので、ひょっとしたら、不愉快を感じただけでなく、
筆者と同様に、いたく傷ついた方もおられるかもしれません。
そこで、話題は急転直下、身分に戻って、再び「士農工商」です。

先ほど取り上げた「商」の前にある「工」とは工業・職人・技術者ほどを意味し、
さらにその前の「農」とは農業・農民を指すところまでは分かりやすい。
では、先頭にある「士」とは?
日本仕様の儒学では、武士のことであり、その士の字を充てたと理解され、
それはそれで間違っているわけではありませんが、本場仕様の儒教では、
「士大夫」を表しています。
ちなみに、「士大夫」とは地主・文人を兼ねる科挙官僚のことと説明されて
います。

ついでのことに、読者各位にはこんなお楽しみクイズも出しておきましょう。
-------------------------------
問題) 以下の職種は「士農工商」のどれに該当するのでしょうか?
       ○漁師などの漁業者 ○木こり・炭焼きなどの林業者
     ○運送業者・海運業者 ○ヤブにしろヤブでないにしろ医者
○神主や住職など寺社関係者 ○能や歌舞伎などの役者
-------------------------------
正解は筆者も承知していないので、自身でお調べになることを強くお勧め
する次第です。 悪しからず。



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