日本史の「発明発見」22 誰がためにカネは生る

二兆円超とも言われる多額の借金に苦しんでいた日産自動車に乗り込むや、
瞬く間に経営立て直しを成功させたことで、一時期は時代の寵児として
注目を集めたカルロス・ゴーン氏でしたが、本年(2018年)になって、
所得隠隠蔽の疑惑が浮上し、つい最近のこと逮捕されるまでに至りました。

なんでも十億単位の報酬を得ていた上に、表に出さない数十億円ほどの
ウラ報酬もあったとされています。
筆者の地元紙・中日新聞は、この報道の際し、併せてドイツの哲学者・
アルトゥル・ショーペンハウアー(1788-1860年)の、富を海の水に例えた
言葉も紹介していました。
~(富というものは)飲めば飲むほど渇きを覚える~
筆者のような掛け値なしの「持たざる者」には到底想像も及ばない心理風景
ですが、案外そうしたものかもしれません。

さて、お話は室町時代です。
当時の都・京は山に囲まれた盆地にあったため、その入口は限られており、
「京の七口(ななつくち)」と呼ばれていました。
もっとも、京につながる街道の出入り口の総称として用いられたもので、
実数はそれ以上あった上に、「七口」の構成メンバー?自体も必ずしも固定と
いうわけではなかったようですが。

その「京の七口」は、昔から怪しげな人間の往来をチェックする、いわば
「国境検問所」もどきの役割を担っていました。
皇居(天皇のお住まい)があるばかりでなく、この時代の京には幕府将軍の
御所もあったのですから、こうしたチェック体制は不可欠です。

目的が国境を出入りする人間のチェックでしたから、元々からそこの通過は
無料・・・つまり「関銭」も不要でした。
ところが、こんな思惑を抱いた人物もいたのでしょう。
~ここをタダ(無料)にしておくなんて、メッチャもったいないことッ~

それが幕府・寺社・朝廷・公家といったお歴々だったようで、その中には
第八代将軍・足利義政(1436-1490年)の正室・日野富子(1440-1496年)も
加わっていました。
~ここで関銭(通行料)を徴収するなら、ウハウハに儲けることができそうッ~
確かに、そうした事業に参加できる者は限られているため、めぼしい競合
相手もなく、ほぼ必然的に独占事業になるのですから、富子のアイデアは
間違っていません。

しかし、将軍の正室という格式高い身にありながら、なんでまた富子は
「お金儲け・蓄財」に関心を示すようになったのか?
順を追えば、それこそロング・ロング・ストーリーですが、そこを超々短編?で
なぞれば、ほぼほぼこんな具合でした。

富子の旦那・義政は、政治トップ・将軍というの立場にありながら、政治には
とんと無関心な趣味人で、一日も早く将軍職を退きたいと考えていました。
将軍引退の暁には思う存分に趣味三昧の生活が送れるからです。
しかもこの頃はまだ夫婦間には、後継になれる男児に恵まれていません
でした。
そこで義政は、出家していた自分の弟・義視(1439-1491年)に目を付け、
次期将軍職を押し付けようとしたのです。

弟・義視だって二つ返事で引き受けるわけにはいきません。
義政・富子の若い(二十代)夫婦間に、この後ひょっこり男児が誕生する
事態にでもなれば、今度は自分が邪魔者にもされかねないという、すごく
微妙な立場だからです
しかし、重度の「将軍辞めたい症候群」一色に陥っている義政も結構な
粘り腰を見せ、最後には弟・義視に「ウン」と言わせることに成功しました。

この後に何事も起こらなければ、自身の目論見通りに義政は「早期引退」を
獲得できたハズです。 ところがギッチョン。
弟・義視が心配した通りに、若い夫婦間にはやっぱり男児が生まれました。

こうなってしまう、富子が我が子・義尚(1465-1489年)を次期将軍の座に
就けたくなるのは母親として当然の心情です。
そこで、富子はこう考え行動を起こしました。

~父チャン(義政)が優柔不断なばっかりに、えらく複雑にもつれちゃって
  ・・・こうなれば、喧嘩に強い奴をカネの力でこちらの味方に引き入れ、
  保険としておくに限る。 そのためには、さぁ金儲け、金儲けッ!~

我が子・義尚を次期将軍に就けるには、夫・義政の政治力は当てにならず、
後は「財力(金の魔力)」に頼るほかないと見切ったのでしょう。

足利義尚9代01 ショーペンハウアー01












室町第九代将軍・足利義尚/ドイツ哲学者・ショーペンハウアー

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これまで国境検問所に過ぎなかった「京の七口」の「関銭(通行料)」(1459年)
に目を付けたのが、自らも「金融業」を営む富子でした。
満年齢ならまだ十代である富子本人の発案ではなかったのかもしれません
が、おそらくはその周辺には、「京の七口」が金の卵を産むニワトリであると
踏んだ人物もいたのでしょう。

折も折、内裏には、の修復費や諸祭礼の費用が欠乏している事情もあって、
これに充てるためという理由なら、そうそう反対もされにくいと考えたのかも
しれません。
しかし、実際には内裏に金が流れることは少なく、ホントのところは
どうやらそのほとんどが富子の懐に収まっていったようです。

そもそもは、この時期に幕府管領家の畠山氏VS斯波氏の家督争いに端を
発したものが、それが実力派双璧の細川勝元(1430-1473年)VS山名宗全
(1404-1473年)の勢力争いに発展し、さらにはそこへ、この将軍・義政の
後継者騒動も加わって、ついには全国規模の争いにまで拡大したものが
「応仁の乱」(1467-1477年)です。

当初、有料関所?のアガリや、あるいは自らの金融業の儲けで、
ウハウハ稼いだカネを、我が子・義尚が後継将軍に就けるよう有力武将たちに
ばらまいていた富子でしたが、その融資先?は次第に広がりを見せ、ついには、
敵・味方を問わず貸し付けるようになっていたのです。

軍資金が枯渇したため戦を断念するはずの武将が、富子の融資によって、
またまた息を吹き返す・・・こんなことを繰り返すのですから「終戦」は遠のく
一方で、これらの争いは十年以上の長きに渡り収拾することはありません
でした。
ですから、富子の稼いだ金が、この「応仁の乱」を長期化させた原因の一つに
挙げることができるのかもしれません。

とは言うものの、長引いた戦も十年を経れば、さすがに一応の終息を
見せるようになりましたが、「関所有料化」に対する民衆の不満の方は、
逆に頂点に達し、ついには一揆(1480年)の勃発にまで至っています。
しかし、富子はそんなことに懲りるどころか、逆に民衆に対して力ずくの
弾圧に出ています。
~こんなオイシイ利権をウカウカ手放せるものかっ~と言ったところでしょうか。

ばらまいたカネの威力もあってか、富子は渇望していた第九代将軍・義尚を、
なんとか実現させることができました。
ただ、せっかく手にした栄光?は、必ずしも長続きしたとは言えず、義直は
将軍職を16年ほど勤め、25歳の若さで病死してしまいました。
一説には荒淫が死因とされるほどに、義尚の経緯も起伏に満ちた
ロング・ロング・ストーリーものですが、ここではバッサリ割愛。

ともかく、世の中にニコチン依存症/アルコール依存症/というものがある
なら、富子の場合は「マネー依存症」に陥っていたということなのでしょう。
なぜなら、富子の「マネー」に対する執着は、「関銭」あるいは「金貸し業」を
通じて、息子・義尚が将軍に就いた後も、そして亡くなった後になっても、
決して衰えを見せることがなかったからです。 
その姿はまさにショーペンハウアーの言う
~(富というものは)飲めば飲むほど渇きを覚える~そのものです。

さて、稼ぎまくったその富子の資産は、現在の価値にして60億円ほどに
なったといわれており、また一方現代のゴーン氏のウラ報酬疑惑の額も、
50億円とも80億円超とも指摘されていますから、この点においても、
古今東西二人の大金持ちには似たところがあります。

ところが、これほどの執念を見せ貯め込んだ富子も、実はその大金を
使い切る前に、自分の寿命の方を使い切ってしまいました。
それを思うと、すでに64歳である現代のゴーン氏の場合も、苦労して
貯め込んだお金ですから、こんどは「使う」ことが急務になったわけです。

~使い切れずに死んだ~なんて、富子と同じ愚を繰り返しているようでは、
せっかく築き上げた今までの「カリスマ経営者」という評判が泣きますものね。
そこで提案ですが、もし「使い切り」が我一人では難儀ということでしたら、
少しくらいのお手伝いは、筆者決して惜しむものではありませヨ。



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