日本史の「事始め」17 幕末日本人のモノづくり

~泰平の眠りを覚ます上喜撰たつた四杯で夜も眠れず~
いわゆる「黒船来航」(1853年)で吃驚仰天した様を揶揄した狂歌です。
蛇足ですが、この「上喜撰」とは茶の銘柄であり、「蒸気船」(黒船のこと)に
かけた言葉になっています。
それはともかく、それこそ「見たこともない」ハイテク戦艦が姿を現したの
ですから、当時の日本人にとっては、そりゃあ随分のビックリだったでしょう。

では、それほどに衝撃的だった空前の代物「蒸気船」を日本人が自らの手で
造り上げたのはいつのことか?
驚くなかれ、「黒船来航」(1853年)の翌々年のことで、薩摩藩が建造・航行
させた「雲行丸」※がそれです。
※試作蒸気機関を搭載した和洋折衷船。 ただし、蒸気漏れなどもあり、
  全体の完成度は低かったとされている。

ずっと昔の「鉄砲伝来」(1543年?)の折りには、一年足らずでコピー品?を
製造したほど手先が器用な日本人とはいえ、「最初の目撃」からたった
二年で、この「蒸気船」建造をモノにしたというのは、いくらなんでも
早すぎるのではないか? 確かにそう感じられます。

そこで、そこらあたりの経緯を探ってみると、こんな説明になっています。
~「黒船来航」より10年ほど前(1843年)のこと、すでに幕府は、長崎での
  「蒸気船」建造をオランダ商館長に照会するなどの行動をとっていた~


要するに、その頃にはすでに「蒸気機関」「蒸気船」についての情報が、
この日本にもシッカリ伝わっていたことになるのですが、ただ、しばらくの間は
どうやらその段階で膠着したままだったようです。

ところが、この「蒸気船」に並々ならぬ関心を抱いた人物がいました。 
藩主になる前の薩摩藩・島津斉彬(1809-1858年)です。
オランダの技術書(1837年刊行)を入手するや、自らが薩摩藩主に就く
3年前の1848年には、その翻訳を蘭学者・箕作阮甫(みつくり げんぽ/
1799-1863年)に依頼しています。

「最新情報」に対する反応・対応は、政府・幕府より民間・薩摩藩の方が
遥かに敏感・敏速だったわけで、こうした官民間の違いには昔も今もそれほど
変わりがないのかもしれません。

翌年、阮甫がその翻訳を「水蒸船略説」として完成させるや、この頃ようやくの
こと藩主の座に就いていた斉彬は、早速のことこの書に基づく「蒸気機関」の
試作を命じました。 
これが、「黒船来航」より2年も前の1851年のことです。

蒸気機関といえば当時、最高の科学技術を結集したものですから、翻訳には
語学力だけでなく、今風にいうなら「工業オランダ語」?の知識も必要とした
はずですから、さすがの阮甫も相当に手こずったものと思われます。

ところが、理論・理屈・書物の域で満足しなかったのが斉彬で、一気に
~国産の蒸気機関の製作~まで目指したわけです。
さすがに「名君」と称されるだけのことはあります。

雲行丸図面01 島津斉彬51








    薩摩藩・雲行丸/薩摩藩主・島津斉彬


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しかしながら、試作は「順風満帆」とは運びませんでした。
~(帆不要の)「蒸気船」に「順風満帆」はあり得ない~
ええぇ、こんなところでつまらんツッコミを入れないでくださいネ。

最先端の技術を独自でモノにしようというのですから難儀は当然です。
本邦初の挑戦でしたが、しかし、その成果を手にするより先に、ホンマモンの
「黒船来航」という運びになってしまったため、ますます「早期完成」が
求められました。

この時期に、ハイテク機器「蒸気機関」の製造に関わった開発スタッフたちは、
おそらくは猫の手も借りたいほどに忙殺されたことでしょう。
仮に、猫の手も犬の足も借りなかったにせよ、少なくとも今の筆者のように、
のんびりまったりブログを書いている余裕はなかったはずです。

ワタクシ事はともかく、意外なことに、その「蒸気機関」の実物を入手したのは、
実はこの薩摩藩より幕府の方が早かったのです。
エエッ、なんで、そうなるの?
幕府の海軍訓練用として、オランダが「蒸気船」(観光丸)を13代将軍・
徳川家定(1824-1858年)に寄贈(1855年)したからです。
何事にせよ、自分で一から造り出すよりは、既に持っている人から完成品を
頂戴する方が勝負が早いのは、今も昔も変わらぬ真理です。

ちなみに、船名に使われたこの「観光」とは、風景・史跡・風物などを見物する
現代風の一般的な意味ではなく、古代中国の書物「易経」にある「観国之光」
から採用したもので、そのココロは・・・
(カンペによれば)少々気取って、「国の光を観る」という意味だそうです。

気取った船名・・・そりゃあそうかもしれません。
本邦初という歴史的な「蒸気船」にあまり軽い名前は付けるのは気が引け
ますものね。
ちなみのちなみに、「観光丸」の復元船(1987年進水)が、現在でも長崎の
ハウステンボスで就航中とか。

お話を戻しますが、そうなると薩摩藩とて、この幕府御用達「観光丸」を見逃す
ハズもありません。
実物見学のためにスタッフらを「長崎出張」させ、蒸気機関試作の参考とした
のは当然で、おそらくは、そのことによって多くの改良点なりヒントなりを
見出したものと思われます。
そして苦労の甲斐あって、同じ1855年のこと、薩摩藩・江戸藩邸に諸大名を
招いての「蒸気機関・公開試運転」にこぎつけました。

ここまで到達できたからと言って、実は開発スタッフにはホッとする間も
与えられませんでした。
「蒸気機関」だけでは、単にデッカイ「やかん」に過ぎません。
実船に装着し実際に機能させるというハイライトの作業が残されたままに
なっているからです。
幸いなことに、この実船装着も成功し、ここでやっとのこと「蒸気船」の
「国産化」を実現したというわけです。
もっとも、この開発スタッフにはいわゆる「お雇い外国人」が参加していた
のも事実です。

この少し後(1857年)のことになりますが、今度は宇和島藩(愛媛県)が、
~てやんでぇ、こちらは「純日本人スタッフ」だけで開発した「蒸気船」だゾィ~
製造担当者に少々偏屈な提灯職人の嘉蔵という男※を抜擢?するという、
なんとも意表を突いたスタートでした。
しかし、ミラクルというかミステリーというか、ともかく結果として成功を収めて
います。 ※後に「前原巧山」(1812-1892年)を名乗る。

なにしろ、提灯職人に「蒸気機関」の開発を申し付け、実際そのプロジェクトを
成功させてしまったわけですから、そんな奇抜な発想を実行した藩主・
伊達宗城(むねなり/1818-1892年)とて、半端な人物ではありません。


まあ、いずれにしても、「黒船来航」の僅か数年後には複数の藩が、曲がり
なりにも「国産蒸気船」を登場させたわけですから、この一連の経緯には、
モノづくり日本人の原点?真骨頂?があると言っていいのでしょう。
それが証拠に、薩摩藩開発の「蒸気船」を見たオランダ人軍人の一人が、
こんな驚嘆を漏らしています。
~性能はイマイチ・イマニではあるものの、これを簡単な図面だけで完成に
  こぎ着けている事実にはホント脱帽しちゃうなぁ~


先進国の人間を「脱帽」させるのですから、製作スタッフの苦労も並みでは
なかったはずで、(ここからはもしものお話ですが、)もし当時の製作スタッフの
「記念集合写真」なんかが残されていたとしたら、おそらくは「脱帽」どころか、
大半の者の頭のてっぺんがストレスで「脱毛」していたに違いありません。

ありゃ? 頭のてっぺんの髪無し部分、あれは「脱毛」とは言わず「月代」
(さかやき)というのでしたっけ。
こりゃまた、(承知の上ですが)大変な失礼を申し上げてしまいました。


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