日本史の「信仰」13 ヤマト民族の歩き方

「真髄」という言葉は概ねのところこんな意味になっています。
~物事のもっとも肝心(かんじん)な点/その道の奥義(おうぎ)~
ちなみに、「肝心」も「奥義」もともに~最も奥深い大切な事柄~を意味する
言葉です。
さて、つい先日、この「真髄」なる言葉を冠した本が出版されました。
(現在時点で)514万部と紹介されているベストセラー「逆説の日本史」の
著者・井沢元彦氏による「日本史真髄」(小学館新書/2018年8月8日発行)
がそれです

本書の特色を挙げるなら、従来よく見られた歴史本のように、例えば○年には
○戦争が勃発したとか、△年には△制度が敷かれたとか、はたまた×年には
×氏が滅亡したとか、こうした歴史出来事を羅列するものではなく、むしろその
背景に何がある(あった)のかというを追求した描き方になっている点で、
実はそこらへんの~最も奥深い大切な事柄~
「真髄」というタイトルで表しています。

本書について、出版社・小学館はこんなセールストークを披露しています。
~本企画は、著者・井沢元彦氏が『逆説の日本史』などの三十年以上に
  およぶ執筆活動で体得した「日本史の極意(歴史の見方・考え方)」を、
  満を持して放つ、いわば「企業秘密」の初公開です~


大変に気合いが入った文言になっていますが、その「極意」として、ケガレ/
和/怨霊/言霊/朱子学/天皇/など、いずれも信仰やイデオロギーに
関連した6つのキーワードを取り上げ、それがこれまでの日本の歴史に
与えた影響にについて筆を進める形になっています。
要するに、これまでの「ヤマト民族の歩き方」に大きな影響を与えてきた、
それこそ「真髄」の部分です。

ついでですから、そのサワリの部分もまんま紹介しておくと、
(「新書本の帯」にある文言も下段のカッコ欄に併記してみました)
一 「ケガレ忌避信仰」
   →平清盛「武士」政権の誕生と「部落差別」問題
    (「部落差別」のルーツは弥生人の縄文人蔑視)

二 「和」の精神
   →聖徳太子「憲法十七条」と「話し合い絶対主義」

三 怨霊信仰
   →崇徳天皇の祟りを恐れた明治天皇の懺悔文
    (御所より大きかったオオクニヌシを祀る出雲大社)
    (紫式部が平氏政権絶頂期に『源氏物語』を書けた謎)

四 言霊信仰
   →邪馬台国の女王卑弥呼と「本名のタブー」
    (「卑弥呼」は邪馬台国の女王の実名ではない)
    (西郷どんの本名は隆盛ではなく「隆永」)

五 朱子学という「宗教」
   →徳川家康の統治理念と討幕運動の皮肉
    (家康の導入した当知理念で幕府が滅びた皮肉)

六 天皇と日本人
   →「アマテラスの末裔」が支配する国のルール
    (自己神格化で天皇を超えようとした天下人・信長)

『逆説の日本史』と『日本史真髄』の両書を読み比べられた方なら、とっくに
お気づきでしょうか、「逆説」が「編年体」の記述法を採用しているのに対し、
「真髄」の方は「紀伝体」になっています。
などと、百年も前から知っていたように饒舌な筆者ですが、実はその違いを
知ったのは、恥ずかしながら、ほぼほぼついこの間のことでした。

赤っ恥ついでに、こちらの言葉も紹介しておくと、
○編年体→ 起こった出来事を年代順に記してゆく方法。
○紀伝体→ 個人や一つの国に関しての情報をまとめて記述する方法。


日本史真髄01 色紙井沢元彦51














「日本史真髄」小学館新書/「逆説の日本史」書:井沢元彦

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要するに、『逆説の日本史』にもその折々に取り上げられている上記6つの
信仰?イデオロギーを、真正面から取り上げたのが本書であり、それが日本の
歴史を動かす原動力になっていたという主張です。

よくある歴史紹介のように「事件の羅列」だけを眺めていたのでは、たとえば、
「王を頂いたまま」の体制で、それとは明らかに異質な人種?である武家に
政権が渡る「不可解さ」に気が付くこともありません。
ましてや、その深層に隠れている理由なぞは、さらによくわかりません。

権力の一本化を当然とする他所の国ではありえないこうした「なんとも
不思議(歪)な体制」が、この日本では「不自然ではないこと」として、
メッチャ長く続いた事実には、そこにはやはりヤマト民族が持つ特有の信仰?
イデオロギーが歴史を動かしていたと見るべきでしょう。
他所の国とは違うモノサシで動く「ヤマト民族独自の歩き方」は、まさに
~日本の常識は世界の非常識~を歴史的に実践していたことの証明に
なります。

上記の6つの信仰?イデオロギーが、こうした「ヤマト民族特有の歩き方」に、
メッチャ大きな影響を及ぼしていたという本書の主張は、従来の日本史研究
ではあまり取り上げられることがありませんでした。
それどころか、「トンデモ説」の一つとして受け止める向きも少なくなかった
ようです。

その背景には、「歴史学」という学問に「非・合理的」な信仰?イデオロギーを
持ち込むことは、学問の純粋性を損なうとする考え方があったのでしょうが
しかし、人間の行動が信仰心に大きく影響されるのも、これまた世の古今東西
を問わない人間社会共通普遍のの事実です。

そのように受け止めるなら、~日本の常識は世界の非常識~というほどに
ユニークなヤマト民族固有の信仰?を追求することが「トンデモ」だとは
到底思えません。
それどころか、そうした視線がこれまでトコトン希薄だったことの方が、逆に
不思議に感じられてきます。

そんな思いの中にあって、たまたまのこと、井沢氏がとっくの昔すでにに
こんな文章を披露していたことに気が付きました。
(初版第一刷)文庫本『逆説の日本史<18>幕末年代史編Ⅰ』の冒頭に
ある「まえがきにかえて」の部分です。

~また、人間を衝き動かすものは、合理的な理性だけではありません。
  情念とか慣習、迷信と呼ばれるものも大きな要因になっています。
  そして、その根本に宗教があります。
  キリスト教の基本知識なしに、西洋史を理解することなどできません。
  しかし、日本の歴史学者は宗教が歴史に与える影響に無関心である
  ため、歴史を偏った目で見てしまっていると感じていました。~


これが『逆説の日本史』執筆の動機のひとつになっているそうですが、さらに
本書「『日本史真髄』の、“はじめに-「本当の日本史」を知るための六つの
キーワード”の項には、こんなことも書いています。

~では、日本人の歴史認識を歪めているものの正体とは何か。
  一言で表わすなら、それは「宗教の欠落」だ。
  宗教という言葉に嫌悪感を持つのであれば、無意識のうちに日本人を
  縛っている思想と言い換えてもいい。
  キリスト教を無視して西洋の歴史を理解することができないように、
  日本の歴史は日本人ならではの宗教(思想)を無視して正しく読み解く
  ことはできない。~


というわけで、さてここからはモロに蛇足になるのですが、小学館新書の
ラインナップ案内では、実は本書をこんな紹介文にしているのです。
~この1冊で100冊分の教養が身につく決定版!~
しかし、このセールストークではさすがに誇大広告の印象が強く、いささか
好感が持てません。 まあ公平に見て、せいぜいが
~この1冊で90冊分の教養が身につく決定版!~くらいが妥当なところ
ではないのでしょうか。



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