日本史の「タブー」04 国王呼ばわりはお断り

まだ生徒だった頃、歴史の授業中についウツラウツラ。
室町時代のいわゆる「勘合貿易」のくだりですから無理もありません。
ところがハタと正気に戻ってみれば、先生曰く。
~よってもって、明国側の勅書には「日本国王・源道義」と記されている。 
  えぇか、だからこの「源道義」とは実は室町幕府第三代将軍・足利義満
  (1358-1408年)本人のことなのだ~


~なに、「源道義」とは足利義満のことってか! だったら、どっちが本名で、
  どっちがペンネームなのだ?~
 途中の説明を聞いていなかったせいです。
もちろんこうした疑問は若気の至り、無邪気?な誤解であり、どうやら真相は、
~「足利」とは苗字(名字)であり、その本姓は「源」である。 
  また諱(本名)は「義満」で、後に出家して「道義」と号した~


要するに、「苗字+本名」で名乗れば「足利義満」になり、「本姓+号」なら
「源道義」ということで、いずれにせよ室町三代将軍その人を示しているのは
間違いありません。 昔の人の名前って、あぁややこしい!

ところが授業の内容からすれば、どちらかと言えばこれは枝葉末節な
ことで、ホンチャンのテーマはその冠にある「日本国王」という言葉に
ありました。 
その時はウツラウツラのためこの点を聞き逃していましたが、ところが、
何年か後の今日に至り、ある日突然このことが気になったわけです。

「日本国王」ってか?・・・確かに幾分の違和感を覚える言葉です。
なぜなら、この日本には「天皇」という歴とした呼び方があるのに、なんで
また「日本国王」なんて称号が出てくるのだ?
しかも、それを「天皇」以外の者が名乗るなんて!
だったら「天皇」と「日本国王」とは別物なのか?

そこでチョイ探ってみると・・・知ってびっくり、まったく意味合いの異なる
存在だったのです。
無知蒙昧(むちモウマイ)って、こういう時にこそ使うべき言葉なのかも
しれません。 念のためですが、「鞭も上手い」と表示されたら、まったくの
変換ミスですから要注意です。

この「日本国王」なる称号は、実は「中華思想」に基づいた言葉でした。
現代中国も大国の一つには違いありませんが、その昔の「中国」
(但し王朝は数多変遷)は、それこそ世界でも一二を争う超ド級の大国でした。
~我が国(中国)以外に、国なんてものはありゃあせんッ!~
これが基本的な姿勢ですから、「外国」という発想も無ければ、またそうした
存在すら認めてはいませんでした。

つまり、この当時(現代もその通りかもしれんが)の中国は、傍から見れば
ずいぶんと威張っていたわけです。
「傲岸不遜」とは、こうしたことを指す言葉で、何もアナタのためだけにある
わけではありません。

では、「中国」の周辺に現実に存在した国や民族、たとえば朝鮮や日本などを
どう見ていたのか?
要するに「外国」というものを認めていないのですから、それらは「国」では
なく「(中国の)周辺地域」に過ぎず、そこに住む民族は(中国)文明を知らない
鞭も上手い、ぁ違った、無知蒙昧な「野蛮人」ということになります。

「中国」の東西南北に渡る周辺地域に住むそうした民族を、ご丁寧なことに、
東夷・西戎・南蛮・北狄と呼びました。
全部が全部「(東西南北地域に住む)野蛮人ども」という意味です。
ホント、偉そうったらありゃしないッ!

足利義満51 金閣寺51







足利義満(日本国王・源道義)/金閣寺

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ところが、そうした「野蛮人ども」の王様が中国に対し、
~どうか(中国)皇帝様の家臣にしてください~と、へりくだった態度を
示すと、「○○国王」という称号を与えることでその承認としました。
中国からすれば、いわばその「地域の酋長」として認めてやったわけです。

今にして思えば幾分トホホの印象ですが、このいわゆる「冊封(さくほう)体制」
の下で、日本でもこれを頂戴して喜んでいた時代があります。
例えば、一世紀頃に後漢・光武帝が「奴国」(日本)の王に賜ったとされる
金印「漢委奴国王」や、三世紀頃の邪馬台国の女王・卑弥呼に与えた
金印「親魏倭王」が後世に発見されたことがその裏付けになります。

要するに、中国皇帝から「日本国王」を意味する称号を下賜されて、
~やれ、嬉しや・・・ワタシがこの国の正当な王であるとの「身分証明書」?を
  中国の皇帝が発行してくれたワ~

ましてや、黄金の「国王」印を頂いたのですから、その嬉しさには格別なものが
あったことでしょう。

ところが、時代を経るにつけ、日本民族にはこんな意識が芽生え始めます。
~外国の皇帝から貰った称号「(日本)国王」を、いつまでも有難がって
  いるようでは、一人前の「国家」とは言えんゾ・・・我ら日本民族は
  「(日本)国王」を廃し、独自の称号「天皇」を新たに採用するとしようゾ
  ・・・おのおのがた!~


要するに、「(日本)国王」では、中国皇帝の子分そのものに他ならないので、
それを是正して対等な立場になろうということです。
聖徳太子(574-622年)が当時の隋・煬帝に送った国書の文言に、その気負い
が明確に表れています。
本来なら、~ひとことご挨拶を申し上げます~と切り出すところをこの国書は
~やあ、元気してますかぁ~くらいのタメ口調になっているのですから、
要するに「対等の立場」を強調した挨拶です。

ところが、こうしたパフォーマンスは、親分気取りの中国皇帝・煬帝からすれば
とっても不愉快どころか、怒り心頭ということになります。
~なんじゃあ、こりゃ! 東夷(東域の野蛮人)が敬語も使わないお手紙を
  よこすとは! まったく礼儀も知らぬ鞭も上手い、訂正、無知蒙昧な
  野蛮人なことよのう!~

これ以後、日本国は基本的に「(日本)国王」を名乗ることはなく、自国の王を
「天皇」としたわけです。

ところが足利義満はこれを復活させる形で、中国皇帝から「日本国王」
地位をちゃっかり認めてもらったということになります。
~日本には「天皇」がいるのに、将軍・義満はなんでまた「日本国王」の
  称号を欲しがったのか?~

それを手中に収めることで、ガッポリ儲かる「対中国貿易」を独占しようとの
腹づもりを抱いていたからでした。

もっとも、中国側はこれを「貿易」だとは思ってもいません。
~東夷の子分がお歳暮を持ってきたなら、「倍返し」くらいのことは
  してやらなくっちゃ親分としての顔が立たねぇ~

このくらいの感覚だったのでしょう。

それはともかく、義満が「日本国王」を名乗ることには、当時の有識者たちも
あまりいい顔をしなかったようです。
~日本は、子分の意味を持つ「(日本)国王」を嫌って、その影響を排除した
  「天皇」としたのにダ・・・それなのに金儲けになるという理由で、またまた
  「(日本)国王」を名乗るなんて、昭和のエコノミック・アニマルのようで、
  あまりに品性が卑しいのではないか?~


実際に義満が備えた品性に問題があったのかどうかは知りませんが、
現在も残る「金閣寺」が、その利益の一部が姿を変えたものだとしたら、
「日本国王」を名乗ることで得た「貿易利益」はウハウハものだったと
想像されるところです。

そういうことだったら、品性卑しいと後ろ指を指されても構いませんから、
筆者を「日本国王」に指名してください。
あぁもう「中国皇帝」はいないのか・・・生まれてくるのが少しばかり遅かった
ようです。


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