日本史の「列伝」16 証文通りで何かご不審が?

現代社会で暮らすほとんどの人間には、社会通念として「公と私」という
観念上の境界線が存在しています。
~「公」とは社会生活における自分(公人として)の立場であり、「私」とは
  自分(私人として)のプライベートな生活~ 

ごく大雑把に捉えるならこんなところでしょうか。

この観念上の境界線を軽視・無視すると「公私混同」ということにもなり、
現代人にとっては大きな問題になります。 たとえば
~知事の立場にある者が休日に公用車を出させて、繰り返し自分の別荘に
  通っていた~
 あるいは、
~手元に集まった政治資金を、政治活動費としてではなく家族旅行に
  使っていた~
 つい最近もどこかで見聞きしたことです。

この種の「公私混同」は非常に分かりやすこともあって、ついムセッとして
しまいますが、ならば、こんなケースはどうだ?
~民間人が持つ資産・財産を、政府要人が自分個人の所有物にした~ 
そんなことできるワケないじゃん、ってか?

ところがドッコイ、そのできるわけがないことをやってのけた御仁もいる
のです。 「尾去沢銅山事件」(1871年/明治4年)と呼ばれるなんとも
理不尽な出来事がそれで、その不透明な経緯を至極簡単になぞるなら
こんな流れでした。

幕末期はどの藩も財政危機に瀕しているのが当たり前の姿でしたが、
南部藩(盛岡藩)とてその例外ではありませんでした。
「戊辰戦争」(1868-1869年)にあたって、莫大な軍資金を必要とした南部藩は、
これを御用商人・鍵屋村井茂兵衛(1821-1873年)から借金することにし、
その際「尾去沢鉱山」(秋田県)の経営権・採掘権を移譲(1869年/明治元年)
したのです。

勿論、正式な「借用書」を取り交わしてのことです。
しかし、そこに記載された文言は、
~商人・村井は、かくかくの金額を南部藩から借用しました~
つまり、当時の商慣習に従った文言で、「貸し手」と「借り手」を逆の表現に
したものでした。

現代人からすればなんともヘンチクリンな商慣習に感じますが、なにせ
「士農工商」の建前・意識がまだまだ色濃く残っている時代ですから、おそらくは
身分最上位にあるエラい「武士」が、下位にある賤しい「商人」から借金する
文面では「沽券にかかわる」といったところで、双方合意の下で逆転した
書き方にしていたのでしょう。

また、貸し手借り手の双方が互いに誠意をもって了解しているなら、文言の
精緻さは二の次であって、さほど拘らない。 こうした日本特有の「商人道」
ともいうべき文化が育っていたこともあったかもしれません。
つまり、当時の日本人は、武士なら「武士道」、商人なら「商人道」、そうした
身分なりの「矜持(プライド」「モラル」を備えていたことになります。

ただし、この事件を知るにつけ、成り上がり?の即席役人には、そうした
「官僚(役人)道」?ともいうべき慎みはなかったのかもしれんゾ・・・こうした
思いにもかられるところです。

井上馨51 尾去沢鉱山51








大蔵大輔・井上馨/尾去沢鉱山(秋田県)

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さて、幕末の混乱を乗り越えて、ようやく成立した明治新政府は、諸藩の
外債返済の処理にも当たりました。
それに携わったのが、大蔵大輔(副大臣?)の職にあった当時35歳、
長州藩出身・井上馨(1836-1915年)です。

ところがこの井上、南部藩の処理に当たってこう言い出したのです。
~なあ村井クン、悪いことは言わんから、チミが南部藩から借りた金を
  今すぐ新政府に返済しなさいヨ~


「貸し借り」が真逆になったトンデモ解釈に驚いた村井が説明に及ぶと、
~ええい、ウジャウジャと言い訳は見苦しいゾ! この「借用書」が目に
  入らぬかッ!~
 まるで水戸の黄門サマです。
なにせ、その作業を仕切っている大蔵大輔ですから、その文言が当時の
商習慣に従ったものであることを知らないはずはありません。

貸した金を踏み倒された上に、井上から同じ額を「返せ」と迫られては、
さすがの村井にも、その対応はどうすることも「アイ キャン ノット」で、
こうして尾去沢鉱山は大蔵省に差し押さえられたばかりか、村井自身も
破産に追い込まれてしまったのです。
ここまでの井上の「しらばっくれ」ぶりも相当にしたたかですが、じつは
この後に究極の「公私混同」ともいえる行動をやってのけます。

大蔵省が差し押さえた尾去沢鉱山を競売に付すや、これを懇意にして
いた同郷知人に買い取らせた上で、「従四位井上馨所有」という高札を
掲げさせたのです。 つまりこう言っているわけです。
~この尾去沢鉱山は、何を隠そう私・井上馨のものですよ~

これを「睾丸鞭」、ァ変換違い!・・・「厚顔無恥」の行いと言わずにおられ
ましょうか。 こうなると、村井とて黙っているわけにはいかず、この一件を
この年に誕生したばかりの司法省に訴え出ました。

「ムムム、なんちゅうこっちゃ!」 あまりのこととて、司法卿(大臣)だった
佐賀藩出身・江藤新平(1834-1874年)が井上逮捕に動き出したものの、
当時は薩長藩閥による官僚中心の体制にあったため、長州閥の激しい
抵抗にあい、結局は挫折してしまいます。
結果として、井上の大蔵大輔辞職のみで幕引きとなり、つまり「横領犯」?と
して罰せられることはなかったわけです。

長州系列の政商や三井財閥と密接に関わり、賄賂と利権で私腹を肥やす、
こうした井上の行為は当時から世間において批判され、「貪官汚吏」※の
権化とされていました。
※たんかんおり/欲の深い官僚であり悪事を働く役人の意

実際、岩倉使節団送別会(1871年/明治4年)の席では、薩摩藩出身・
西郷隆盛(1828-1877年)が、この井上のことを「三井の番頭さん」と皮肉った
ほどです。

ですから、後に江藤新平が「佐賀の乱」(1874/明治7年)、西郷隆盛
「西南戦争」(1877年/明治10年)で挙兵した理由の一つが、こうした腐敗が
蔓延した明治新政府に対する抗議行動だった、という見方をする向きもある
わけです。

しかし、村井の訴えは世間に対しては疑獄であると印象付けたものの、
悲願の尾去沢鉱山を取り戻すことは叶わず、本人は二年後失意の中で
死去しました。

一方の井上といえば、ず~っと後の20世紀に入ってから組閣の大命降下
(1901年/明治34年)を受けました。
ところが、組閣作業に入ったものの、大蔵大臣に予定した大蔵省時代からの
右腕・渋沢栄一(1840-1931年)に入閣を断られたことから、結局は大命拝辞に
至っています。 まことにカッコ悪い顛末というべきですが、ここまでに至った
には、この「尾去沢鉱山」の一件が足を引っ張ったのかもしれません。

しかしまあ、明治の「尾去沢鉱山・まるごと乗っ取り」という壮大な「孔子金堂」、
ァまた変換違い! 「公私混同」に比べたら、平成の「公用車で別荘通い」
なんてのは、あまりにもみみっちいセコセコの「公私混同」・・・こんな印象が
してしまうところです。



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