日本史の「怪人」14 マルチ人間の栄光と挫折

日本列島の住民?は昔々から「/ウナギ」を食べていた
ようで、その証拠に遥か昔の「新石器時代」(紀元前8000年~)
の遺跡からも、の骨が発見されています。
さらには、これまた古い「万葉集」(7世紀後半~8世紀後半)にも、
を題材にした大伴家持(718年頃-785年)の歌が残されている
そうです。

さて、グ~ンと時代は下って江戸開発の頃、必然的に干拓
地が拡がり、伴なってそこにも棲みつくようになりました。
そうした「江戸前」と呼んだ)を労働者たちが食べるようになり、
それが契機となって今日の「鰻食」が普及したとされています。
※大規模開発は江戸幕府開府の以前も以後も行われていた。

もっとも当初は、「蒲(がま)の穂」のようにぶつ切りにしたもの
を串に刺して焼いただけの屋台料理で、基本的には「そば」と
同様に「サイフに優しい」?食品だったようです。
ただ、まだ名店の「秘伝のタレ」も始まっていなかったでしょう
から、その「味」の方はイマイチだったかもしれませんが。
※この「がま焼き」が転訛して「蒲焼」(かばやき)になったとも(異説多数)

それが今日では、ちょいとした覚悟を必要とする「高級料理」に
まで出世?してしまいましたが、にもかかわらず「鰻食」が廃れ
ないのはなぜか? 
理由はいたって簡単・・・その時期になると、決まって廻りが
「土用の丑の日」と騒ぎ立てて「鰻食」を煽るからです。

こうした煽りにはとことん弱いのが日本人ですから、「国民的
行事」?とまで言われると、結局「サイフ」に無理をさせてでも、
参加することになるわけです。 ありがたいことに、現在では
廉価?なが外食チェーン店やスーパーにもありますが。

では、これが「国民的行事」?になった理由は? 
お察しの通り、江戸期の怪人?平賀源内がその「火付け役」で
こんなお話が伝わっています。

~夏場の売り上げ不振に悩んだ鰻屋から相談された源内が
  販売促進のキャッチコピーを考案・・・これがお客の大人気を
  呼んだことから、他の鰻屋も次々とそれを真似るようになり、
  売上げが増大、つまり「鰻食」が拡散していった~


その時のキャッチコピーが、現代人にもなじみ深い
「本日土用丑の日」・・・このお話が真実その通りかどうかは
分かりませんが、少なくともストーリー自体は分かりやすく
面白い展開になっています。

では、その国民的行事?になった感のある「土用丑の日」
創設?した「平賀源内」なる人物とは?
 

鰻ひつまぶし51 平賀源内51









鰻(ひつまぶし)/平賀源内

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平賀源内(1728-1780年)・・・江戸中期の本草学者/地質学者/
蘭学者/医者/殖産事業家/戯作者/浄瑠璃作者/俳人/
蘭画家/発明家/コピーライター/春本作家/衆道指導者?
/博覧会プロデューサー/さらにはCMソングの作詞作曲家・・・

因みに、この万能ぶりから「日本のダ・ヴィンチ(1452-1519年)
との異名も頂戴しています。
※レオナルド・ダ・ヴィンチ→イタリア・ルネッサンス期に、絵画/彫刻/建築
  /音楽/科学/数学/工学/発明/解剖学/地学/地誌学/植物学
  などの分野で多彩な業績を上げ、「万能人」 とも言われた人物。


ですから源内は、「鰻」に限らずこんなことにも手を出しました。
秩父の山中で偶然に発見(1764年)した石綿(アスベスト)で、
火浣布(かかんぷ)の製作を成功させています。
どうやら、これを幕府に献上したばかりでなく、オランダ人や
中国人に見せては悦に入っていた時期もあったようです。
「火で浣(洗)う布」・・・布は燃えず、汚れだけが燃えてきれいになる

ただ、後年は順風満帆とはいかず、なにかと精彩を欠く出来事
に見舞われました。
「火浣布」を成功させた後の源内は、幕府の許可を得て廃坑に
なっていた金山の再開発事業に着手(1766年)
そこまではよかったのですが、ところが、肝心の採掘量が少なく、
わずか三年で休業に。
そこで、捲土重来とばかりに・・・今度は秩父山中で鉄山の開発
事業にも乗り出しましたが、これもまた精錬の面でうまく運ばず、
まもなく撤退の憂き目に。

つまり、失敗続きだったわけです。
晩年に至っては、自らの勘違いから大工棟梁二人を斬り殺す
(1779年)など、いささか精神を病んでいた様子も窺え、投獄され
た源内は一ケ月後に獄死(享年52)
死因は「破傷風」とも「狂死」とも言われています。

もっとも、この辺りは破傷風が引き起こす症状や激しい発作・
痙攣が、周りの人間には狂人のように見えたということなの
かもしれませんが、ともかく、「怪人」と呼ぶにふさわしい波乱の
幕切れでした。

ところが実は、これには異説もあって、
~書類上の死亡扱いにしただけで、実際には幕府要人、または
  故郷の大名の庇護を受け天寿を全うした~

こんな真逆の見解もあるのですから、やはり「怪人」です。

お話を冒頭の「土用丑の日」に戻します。 
今だから白状できますが、ご幼少時代のワタシは耳学問?で、
これを「土曜牛の日」と理解していました。
~土曜日が「牛の日」なら、なぜまた「鰻」を食べるのか?~ 
こんな純朴な疑問に苛まれていたのですから、無垢な「深窓の
お坊っちゃま」
だったことは、かなり確かな史実ですね。




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---これまでの 「怪人」 シリーズ----------------
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319 日本史の「怪人」12 なにか妖怪九日十日 耀蔵と甲斐守で綽名”妖怪”
298 日本史の「怪人」11 即身夜叉?晩年の壮絶! 富豪と貴人の死に様
288 日本史の「怪人」10 火吹き達磨のトンデモ説 異様?な風貌の噂話!
273 日本史の「怪人」09 実在?架空?この人物 実在した意外な人物!
262 日本史の「怪人」08 洋学者”象山”の日本人離れ その面貌と大言壮語
215 日本史の「怪人」07 慶安のリストラ蜂起 無策政府には我慢がならぬ!
210 日本史の「怪人」06 戦国の起き上がり小法師 知恵と行動が復活の鍵!
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