日本史の「謎解き」25 怨霊と幽霊の線引き?

一般家庭にまだクーラーがなかった昔のこと、クソ暑い夏を
迎えると、映画やTVなどでよく「怪談」を取り上げたものです。
「怖~いお話でゾゾゾ感を味わって涼しさを堪能してください」
こんな意味合いをもった日本の夏の風物詩?でした。

中でも特によく登場したのが、「お岩サン」を主人公にした
いわゆる「四谷怪談」です。
~貞女・お岩サンは夫・伊右衛門に惨殺され、その恨みから
  「幽霊」となってこの世に舞い戻り復讐を果たす~

基本的にはこんな物語で、元禄時代に実際に起きたとされる
事件を基に創作されたお話のようです。

人気の秘密はひとえに幽霊姿のお岩サンの形相の凄まじさに
あって、実際どの作品でもこの場面が見せ場になっていました。
盛られた毒で崩れてしまった顔に梳きほぐれた髪がかかり、
「恨めしや~」と挨拶して登場するのですから、確かにこの時の
「お岩サン」はメッチャ怖い! 

しかしこの世に恨み・怨念を抱いて死んだ人間がその仕返し?
の意図をもってこの世に災いをもたらすということなら、別に
「怨霊」という存在があります。
中でも「日本国の大魔縁」となることを自ら誓った「崇徳上皇」
(1119-1164年)は群を抜いて有名・偉大な「怨霊」です。

ところが、四谷怪談・お岩サンの場合は「怨霊」とは言わず、
普通には「幽霊」と呼ばれているのです。
だったら、「怨霊」(崇徳上皇)「幽霊」(お岩サン)の違いは?

そこで、その説明を探ってみると、
怨霊 → 自分が受けた仕打ちに恨みを持ち祟る霊のこと。
幽霊 → 死者が成仏できず姿(霊)を現したもの。
う~ん、これでは実際分かったようで分からん説明です。

そこで、大胆な仮説を持ち出してみました。
~「怨霊」は目に見えないが、「幽霊」は目視できる~
確かに映画・ドラマなどでは「幽霊の姿」を登場させています。
でも、霞のようにボワ~ンと浮かび出ただけの姿で、刀で斬り
かかっても「手応え」はないし、「仕留める」こともできません。

ですから、あるいは「恨めしや~」の対象者にはそう見えたと
いうだけの「幻影」に過ぎず、「幽霊」自身は実体を有していない
とも考えられるわけです。 
直接「幽霊」にお会いしたことのないワタシには、この辺の機微
がよく分かりませんが、少なくともこれでは「怨霊」「幽霊」
明確な区分はできていません。


四谷怪談01 崇徳上皇53









四谷怪談/お岩サン 大魔縁/崇徳上皇

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すると、定義?第二弾としてこれではどうだ?
~神道信仰上の悪霊が「怨霊」であり、仏教信仰上の悪霊が
  「幽霊」である~

一応は整合性のある解釈に見えますが、しかしよくよく眺めて
みると、実はこの定義?にもほころびがあって、必ずしも適確な
説明にはなっていません。

なぜなら、元々「怨霊信仰」がある神道の方はそれでいいので
しょうが、仏教の方はそもそも「霊」の存在を認めていないから
です。 少なくとも、開祖?釈迦様は「霊」の存在をハナから
否定していました。

ところが、日本の「仏教」はその途中、どこかで開祖?釈迦様を
裏切った?ものか「霊」をしっかり認めています。 そのいい例が
「お盆」で、この時には仏教形式で祖先の「霊」を祀ります。 
※現在では「新暦8月15日」としている地方・地域が多いとのこと。

そうすると日本の仏教は「霊」の扱いでさえ、既に「神仏習合」の
形に落ち着いているわけで、それならきっぱりと「怨霊=幽霊」
ということにしてしまってもいいような気もしてくるのですが、
しかし、どうも釈然としない。

そうだッ! これならどうでしょう?
~生前「男性」だった者が「怨霊」、「女性」だった者が「幽霊」~

それが証拠に、代表的「怨霊」は崇徳上皇・菅原道真・平将門
など、みんな男性だが、それに引きかえ代表的「幽霊」は先の
お岩サンを初めとして、「番町皿屋敷」のお菊サン、「牡丹灯篭」
のお露サンなど、みんな女性です。

ところが一方では、横溝正史の推理小説「金田一耕助」シリーズ
のひとつに「幽霊男」と題した作品もあるそうですから、この判定
方法も絶対とは言えない印象になります。

すると結局、冒頭のお話に戻ってしまうわけです。
~活動期間を問わないのが「怨霊」、「夏だけ」の季節限定で
  登場するのが「幽霊」~
ってことに?




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334 日本史の「謎解き」23 戦国”戦死者”の弔い作法 供養もタダではできぬ
310 日本史の「謎解き」22 身近にあるぞ”性の讃歌” 大胆露骨こそ讃歌だ!
277 日本史の「謎解き」21 ピケティ風?の戦国経済論 格差はつきものだ!
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243 日本史の「謎解き」19 江戸版”速度”の単位って? 江戸人の速度意識
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