日本史の「デジャヴ」16 風雲児は”夢の中”に立つ

至高の存在“天皇”である後醍醐と、それとは逆にいわゆる
“悪党”という立場にあった楠木正成が、固い君臣関係で
結ばれていたことは、これもまた随分と不可解なお話です。
これほどの“身分の差”があったなら、出会う機会すらないのが
普通だからです。
※鎌倉幕府の正規武士ではないことを意味し、現代で言う「悪人」ではない。

多分、当時の人もこのことには、何がしの“不自然”を感じていた
のでしょう。 
そこで、万人に納得されやすい“合理的”説明を生み出しました。 
それが「太平記」にあるエピソードです。

倒幕の謀議がバレて都を追われた後醍醐天皇は、失意の中の
ある日、こんな夢を見ました。
~紫宸殿の庭先に大きな“木”が現れ、
  その“南”の玉座(天皇が座る席)は不在のまま・・・
  すると童子が現れて、後醍醐をその玉座に招いた~


夢から覚めた後醍醐は周りの者にこう尋ねました。
天皇 ~“木”に“南”なら“楠”になるが、この辺に“楠”という者は
      おらぬか?~

側近 ~へぇ、河内国に“楠木正成”という者がおりますでぇ~

こうして、後醍醐天皇※1楠木正成※2は出会った・・・とさ。
※1 後醍醐天皇(1288-1339年)第96代天皇であり南朝・初代天皇
※2 楠木正成(1294?-1336年)後醍醐の倒幕運動を支え奮迅の活躍


実際には、両者が信奉する「朱子学」がその“ご縁”になった
ようですが、「権威あれども武力なし」の後醍醐天皇と、逆に
「武力あれども権威と無縁」の楠木正成は、持ちつ持たれつの
良いコンビだったのかもしれません。

鎌倉幕府滅亡の後、つかの間とはいえ、後醍醐天皇自らの
「建武の新政」(1333-1336年)が実現できたのも、この楠木正成
武功によるところが大きかったことは間違いありません。 
後醍醐天皇が見た夢?は「正夢」になったわけです。

しかし、こうした「正夢」風?のエピソードは、時代は違うものの
何度か登場していることも、また事実です。


坂本龍馬52 昭憲皇太后51












 坂本龍馬(土佐藩郷士)   昭憲皇太后(明治天皇の皇后)

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それは1904年、日露戦争(1904-1905年)が始まろうとする直前の
出来事でした。 明治天皇の皇后(昭憲皇太后/1849-1914年)が、
こちらもまた「夢」を御覧になったのです。

その夢枕に立った三十代ほどの白衣の武士が、こう誓ったそう
です。 ~日露戦争の際の海軍軍人はワタシが守るぜヨ~
で、皇后からこの話を聞かされた宮内大臣が坂本龍馬の写真を
お見せしたところ、~間違いなくこの方でしたぜヨ~

このお話が新聞で紹介されるや、「坂本龍馬」(1836-1867年)
一躍“全国区”の知名度を誇ることになりました。
現在の有名ぶりからは信じ難いことですが、逆に言うなら、
“龍馬”の名は、この頃まで地元ではともかく、全国的には
あまり知られていなかったことになりそうです。

“龍馬”の夢話は、確かに目前に迫った戦争に対する国民士気
の鼓舞に大きな貢献を果たしたのかもしれません。
とはいえ、先の「太平記」の“楠”のエピソードと同様で、こちらも
いささか“出来過ぎ”の印象が拭えないところです。

“夢話”といえば、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の正室・北条政子
(1157-1225年)にも語られています。
もっとも政子本人が見たのではなく、政子の“妹”(本名不明)
見た~高い山の上で日月を手に掴む~夢ですが・・・

当時は、不吉な夢を売ると禍も転嫁するという「夢売り/夢買い」
の風潮?があり、そこで政子は“妹”にそれを「不吉な夢」だと
告げた上で、小袖を与え、ちゃっかり「買い取り」ました。
政子自身は、これを「良い夢」だと知っていたわけです。

アニハカランや弟ハカランや、夢の通りに政子は後に天下人に
なる源頼朝と結ばれた、という運びになっています。
ですから、これもある意味~“夢の中”に立った風雲児~
お話と言えなくもありません。

このお話は、政子は若い頃から鋭敏な感覚を備えていた~
こう強調するためのものでしょう。
しかしこの顛末では、“妹”の方がいかにもマヌケに見えてしまい
多分に割を食った印象です。

それにしても、「夢売り/夢買い」?とは、まことに牧歌的な文化
ですが、もしそこに、精神医・フロイト※(1856-1939年)がいたとした
なら、どのような「夢判断」?を下したのでしょうか?
※いわゆる「無意識」の分野を初めて扱ったオーストリアの精神分析学者

~夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である~ってか?
それとも、~♪喜びも悲しみも みんな夢の中~ってか?

※「みんな夢の中」(1969年)歌:高田恭子/作詞作曲:浜口庫之助





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