日本史の「迷宮入り」15 神器”草薙剣”の波乱万丈

「波乱万丈」という言葉が当てはまるのは、なにも人間に限った
ことでもないようです。
「非日常」の世界、たとえば昔も昔のこと、天孫降臨の際に
天照大神から孫の「ニニギ(瓊瓊杵尊)」に手渡されたとされる
「天叢雲剣」にですら、こうした「波乱万丈」を見出すことは
できそうです。 ※あめのむらくものつるぎ/あまのむらくものつるぎ

さてその「天叢雲剣」とは、天照大神の弟・「スサノオ(素戔嗚尊)」
が、出雲国において「ヤマタノオロチ(八岐大蛇)」と戦った折り、
その尾の中から出てきたものとされています。

そして後には「三種神器」の一つとして、「日本国の権利書」?
もどきの扱いを受けるようになり、要するに天皇家の正当性を
保証するにに必要不可欠なアイテムとされました。

お話は変わって、さて「ヤマトタケル(日本武尊)」です。
父・景行天皇の命により、東国の制圧に向かったタケルでしたが、
相模かあるいは駿河あたりで、敵の放った野火に囲まれるという
窮地に陥ったことがあります。 

絶体絶命のピンチに立ったタケルは、この時この「天叢雲剣」で、
辺りの「草を薙ぎ」払い、やっとのこと難を逃れています。
このことから、別に「草薙剣(くさなぎのつるぎ)というアダ名?
も頂戴しています。 ※熱田神宮では「草薙神剣」としているとのこと

ところがそのタケル、尾張国で「ミヤズヒメ(宮簀姫)」との結婚後、
悪神討伐のため伊吹山へ遠征するのですが、この折、この剣の
携行を忘れてしまいました・・・随分ウッカリ?なタケル君!

遠征地で病を得たタケル君は、案の定、手元にない「草薙剣」
呼びながらの最期を迎えたとされています。 
臨終の際には~「草薙剣」のバカヤロウ!~くらいのことは
叫んだかもしれません・・・きっとなら。

そしてその後、ミヤズヒメがこの「忘れ物の剣」を祀るために
建てたのが、現在も名古屋にある熱田神宮です。
ということは、「草薙剣」は当初から熱田神宮に安置されていた
ことになります。 
※2013年、熱田神宮は草薙神剣を祀って1900年を迎えた(創祀1900年大祭)

ところがどっこい668年こと、この神剣は新羅の僧・道行によって
盗まれ、危うく国外へ持ち出されそうになりました。
僧・道行の乗った船が難破したために、幸いなことの神剣を
取り返すことには成功しましたが・・・しかし、まんまと盗み出さ
れた熱田神宮の信用はガタ落ちということで、その後は宮中で
保管することに。

そして、これも「ところが」ということになりますが、688年のこと、
天武天皇が病に倒れると、今度はその神剣の「祟り」が噂され、
保管場所がまたまた宮中から熱田神宮へ戻されました。

天皇の正当性を保証する「神器の剣」が当の天皇に祟るという
なんとも不可解な事態に接した当時の人たちも、「草薙剣」
やはり熱田神宮で保管すべき?だと考えたのかもしれません。
しかし、これで「波乱万丈」が終わったわけでもなく・・・


日本武尊51 熱田神宮51









 ヤマトタケル/日本武尊        熱田神宮


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今度は「水没」です。 実に忙しい!
「壇ノ浦の戦い」(1185年)の折、追い詰められた平家「二位尼」
が、これを腰に差したまま覚悟の入水・・・「草薙剣」は海底へ。
その後の熱心な捜索活動が続けられたものの、結局は探し当て
ることができませんでした。 ※平清盛の正室/81代・安徳天皇の祖母
早い話、紛失しちゃったわけです。

そのため、これより以後は、以前に伊勢神宮から後白河法王に
献上されていた剣の「形代(レプリカ?スペア?)」を神器「草薙剣」
したとされています。 なにッ!スペアの神器?

その点をごく乱暴簡単に捉えるなら、「形代」に神道儀式である
「御魂遷し(みたまうつし)を行うことで、本物の「神器」に昇格?
させられるということのようです。

また、「贋作」の噂が立ったこともあります。
南北朝時代(1336-1392年)に、後醍醐天皇が敵を欺くために
偽造品?を作らせたという噂です。
こうなると、「形代」と「偽造品」の境目がやや曖昧な印象になり
ますが、この種の扱いは赤の他人がとやかく言うべきことでも
ありません。

さらには、力づくの「強奪」事件もありました。
1443年のこと、南朝の遺臣ら数百人が内裏を襲撃し、天皇暗殺
および「三種神器」の強奪を企てたのです。 (この時は内裏に保管?)
幸い天皇(後花園)は難を逃れたものの、「宝剣」と「神璽(勾玉)」は
奪い去られました。

この事件自体は速やかに鎮圧されましたが、不思議なことに、
なぜか「宝剣」だけは近くの場所に棄てられていました。
さっそくこれを回収して、内裏に戻したのは当然です。

その後の江戸時代・・・たぶん1645年頃?の出来事だと思われ
ますが、こんなお話も伝わっています。
熱田神宮の改修工事の折、古くなった神剣の櫃を取り替える
際に、神宮関係者数人が神剣をチョロッと?盗み見た。

その目撃証言によると・・・以下、その神剣の形状などについて
詳しい紹介が並びますが、ここではバッサリ割愛。
※玉籤集(ぎょくせんしゅう)」1725年頃?成立

ですから、「草薙剣」自体は「この世にオンリーワン」というわけ
でもなかったようですが、火攻め/置き忘れ/盗難/引っ越し/
祟り/紛失/形代/御魂遷し/贋作/強奪/遺棄/盗み見/
など、まさに「波乱万丈」と表現するにふさわしい経緯を備えて
いることは確かなようです。





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