日本史の「油断」04 武家諸法度の三日坊主

武家の統制を目的とした「武家の憲法」とも言うべき
「武家諸法度」は、徳川幕府初代将軍・家康の命により
二代・秀忠がまとめ上げ(元和令/1615年)、それ以降、次の
ように数度の改訂?が加えられました。

○寛永令(1635年) 三代・家光 →参勤交代/大船の建造禁止
○寛文令(1663年) 四代・家綱 →キリスト教禁教を明文化
○天和令(1683年) 五代・綱吉 →殉死の禁止/末期養子の緩和
○正徳令(1710年) 六代・家宣 →和文体に
○享保令(1717年) 八代・吉宗 →改訂なし(天和令に戻る旨)
※併せて、朝廷公家に対しては「禁中並公家諸法度」(改訂なし)
  同じ頃、寺社に対しては「寺院諸法度」も定めている。


このうち、最後の「享保令」(1717年/八代・吉宗)は実質的な
改訂を行わず、以前の「天和令」(1683年/五代・綱吉)に戻る旨の
宣言に留まったようですから、そうすると三代から六代までの
幕府前半の将軍たちは折に触れ「見直し/修正」作業に取り
組んでいたことになります。
言葉をを変えるなら、”今の時代”に向き合い、必要とされた
事項をこまめに汲み上げる努力を怠らなかったわけです。

たとえば、三代・家光時代における「参勤交代」の明文化なぞは、
将軍家にとっては「諸藩の上に立つ」姿を構築するためにも、
必要不可欠な作業だったのでしょう。
実際それに縛られる諸藩の側にすれば迷惑な話だったに違い
ありませんが、その力の差は歴然で、もはや反抗できるものでは
ないことを宣告する意味もあったわけです。

こうした国内向けの強圧的な「締め」の姿勢と同様に、国外に
向けては、「閉め」の行動に出ています。
同じ時期に「大船の建造禁止」条項まで打ち出した姿勢は、
いわゆる「鎖国路線」を国策とする旨を広く諸藩に申し渡した
ものと受け止めることができます。


武家諸法度絵61 武家諸法度字52









     武家諸法度の提示         武家諸法度の文言

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さらに、四代・家綱の「キリスト教禁教」は、その危険性を肌で
感じていた幕府の慧眼だったかもしれません。
実際、「まあいいか」の寛容さをもって振舞っていたとしたら、
ちょい前の「インカ帝国滅亡」(1533年)の二の舞いという事態
だってあり得たわけですからね。

つまり、この時点で幕府(というより日本国)はこれからの将来を、
異国の動向・干渉・誘惑?に煩わされたり、振り回されたりする
ことのない社会・・・言葉を変えるなら、「自給自足のムラ社会」を
もって日本民族全体が生きていく覚悟を固めたと言えるのかも
しれません。

さて、「ムラ社会」という方向性が定まれば、それを少しでも
居心地の良いものにしたいと考えるのは当然です。
~だったら、ウチ(幕府)だけが「唯我独尊」の姿勢ではマズイ。
  やはり、お互い譲り合う精神・協調性も必要になろう~


そう考えた幕府の配慮?が、五代・綱吉の「殉死の禁止」
「末期養子の緩和」でしょう。
狭い「ムラ社会」の中で、お互いが「相手を責め」続けるだけでは
「埒が明かない」うえに「窮屈すぎて不幸」だと考えたわけです。

ですからこの頃の諸法度は、かつて諸藩に「参勤交代」を求めた
三代・家光の姿勢とは、明らかに違ったものになっています。
つまり、力づく一辺倒?の「武断政治」から、譲り合い?もある
「文治政治」への大転換です。

この間、僅か50年足らず・・・ですから、先人達はその時代時代
の要求を吟味し、「武家の憲法」とも言える「武家諸法度」を根気
よく改訂し続けてきたわけですから、現代のどこかの国の
「70年間そのままの諸法度」?とは少し趣が違う印象です。

ただ九代・家重以降の各将軍には、「油断」というか一種の
緊張感欠如が現れ、連綿と継続されてきた改訂作業も行なわ
れないようになってしまいました。 
続かなかったという意味では、結果として、「三日坊主」?だった
と言えるのでしょう。

案の定、そのツケは廻ってきて、幕府の足元は十二代・家慶
あたりから揺らぎ始めます。
百数十年も前(八代・吉宗時代)「古色蒼然?の諸法度」では、
現実との乖離が大きくなりすぎて、とてもじゃないが対応し切れ
なかったということかもしれません。

なにッ、幕府滅亡は「三日坊主」?が遠因だった・・・ってか? 
う~ん、「三日坊主」ねぇ・・・耳が痛えなぁ!





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