日本史の「デジャヴ」13 ”分離独立”あちこち事情

昨年(2014年9月)のこと、“スコットランド”は、イギリスからの
「分離独立」の是非を問う「住民投票」を行いました。 
間違えやすい?のですが、実施したのはイギリスに対し
それなりの不満を抱いていた”スコットランド”であって、決して
“ディズニーランド”ではありません。

要するに、”中央政府”に縛られた現在の状況にいるよりは、
価値観を共有できる仲間達で新たな国を作った方が“ハッピー”
かも?・・・“スコットランド”側にはこうした意見も少なからず
あったということなのでしょう。

しかし、現代ではそうしたことを「住民投票」という平和的な形で
反映させますが、これがチョイ少し昔なら、必ずと言えるほど
力づくの「武力抗争」に発展しました。
かつての日本にもあった「国一揆」と呼ばれる「分離独立」
運動の多くも確かにそうした経緯を辿っています。

たとえば、「加賀一向一揆」(1488頃-1580年)もその通りで・・・
一向宗(浄土真宗)の信徒の他にも一部の不満武士などを
取り込むことで、併せて武力の増強をも実現させています。 
※一揆=仲間が「一致団結」して目的を達成しようとすること。

そうした武力背景をもって、中央政府の影響を排除した「惣国」
を樹立し、その後百年ほどは自らの力で運営し続けたのです
から、これは立派な「分離独立」国家?と見ていいのでしょう。
※「みんなの国」ほどのニュアンスか?

実際、先人達はその末裔である現代日本人に比べたら、メッチャ
パワフルだったようで、こうした「分離独立」の試みは、遠い昔だけ
でなく、近くは明治・昭和?に入ってからも引き起こしています。


五陵郭51 一向一揆51










         ↑五稜郭↑             ↑ 一向一揆の旗↑
                    /進む者は往生極楽 退く者は無間地獄
 

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最後の将軍・徳川慶喜によって「大政奉還」(1867年)がなされた
時期に幕府海軍艦隊を預かっていたのが「榎本武揚」(1836-
1908年)
でした。
翌1868年のこと、「江戸城無血開城」となったことから新政府軍は
榎本に対して、その「幕府海軍艦隊」を引渡すよう要求しました。

元々「幕府の船」なのですから当然といえば当然の要求ですが、
しかし、榎本はこれを断固拒否ッ!
なぜなら、徳川家が抱えていた約8万人の幕臣が路頭に迷うこと
を憂慮していたからで、榎本はこの問題に手をつけないまま、
唯々諾々と新政府の方針に従うことを潔しとはしませんでした。

さらには「嘆願書」をもって、彼らを蝦夷地(北海道)に移住させ、
開拓に当たらせる計画を上げることもしましたが、今度は朝廷が
これをきっぱりと拒否・・・

ムセッとした榎本は、やむなく手元の艦隊を使いその数2,000人を
超える規模で「蝦夷地」へ入るという実力行使に出るや、すぐさま
箱館(現・凾館)の五稜郭を占領し、ここに自称「蝦夷共和国」
樹立させたのです。

つまり意識の上では、日本国から「分離独立」の形をもって
自分たちの「惣国」?を建国したわけですから、これを「明治版・
国一揆」
と見るのも不自然ではありません。

ただ建国?後は思わぬアクシデントに見舞われ、必ずしも順調
には運ばず、記録の上では「1869年1月成立/同年6月滅亡」
いうことになりました。
つまり実質わずか五ケ月の短命に終わってしまったわけです。

で、これをもって日本国における「分離独立」?の歴史も終焉
してしまったかといえば、なんのドッコイ、なんと20世紀後半の
昭和時代にも起こっています。

1982年、岩手県の大槌町による「独立宣言」?がそれで、
国名はいくぶんゆる~い感じの「吉里吉里(きりきり)国」・・・
ただしこの建国?の志は、かつての「加賀惣国」「蝦夷共和国」
とは少しばかり違っていて、実は観光客目当ての「村起こし」を
目的としていました。

そのため、動機がイマイチ「不純」?と見なされたものか、これを
「昭和版・国一揆」と受け止める向きは、それほど多くはなかった
ようです。

多少の注目を集めた建国?当時に比べ、最近あまりパッとしない
のは、ひょっとして明治の「蝦夷共和国」と同様に、その後に
何らかのアクシデントに見舞われたものかもしれません。
う~ん、懐かしの「吉里吉里国」ってかァ・・・一体いかがされた
ものか、ちょっと知ってみたくなりました。




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