日本史の「ツッパリ」14 此の世をば”灰左様なら”

この世を去る時に遺す歌(和歌・俳句など各種)を、「辞世」と
いいますが、これには色々な感情が込められているようです。

~昔より 主を討つ身の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前~
(その昔、源義朝(1123-1160年)が野間・内海<ウツミ>で家臣に討たれた)
※昔から主(あるじ)を討つといわれる野間・内海の浦で自刃する私の恨みは
  メッチャ深いゾ・・・ええか「羽柴筑前」(秀吉)よ、その報いを待っとれよッ!

 
豊臣秀吉(1537-1598年)の謀略によって切腹に追い込まれた織田
信孝(1558-1583年)の作品?ですが、かつては自分の父チャン
(信長)の部下だった秀吉から自害を迫られた、その無念ぶりが
よく伝わってきます。

それに比べると、妙なゆとりと可笑しさを誘う辞世が十返舎一九
(1765-1831年)の一句で、そこには微塵の悲壮感もありません。
 
~此の世をば どりゃお暇に せん香の 煙とともに 灰左様なら~
 ※ほいじゃあ、まあそろそろおイトマする(死ぬ)ことにしますか。 
   線香の煙と一緒に灰になりますわい・・・ハイそれじゃあどうもさよならネ。


その上、火葬にされた際には、あらかじめ自分の体に仕込んで
おいた花火に火が点き、それが上がったというお話も残っている
くらいの洒落ッ気たっぷりな人物だったようです。
もっとも、このお話は面白すぎることもあって、後世の落語家に
よる創作話臭いとも言われているようですが。

それはともかく、では死ぬ間際までこんな洒脱な言動を見せた
「一九」とは一体どんな人物だったのでしょう。
名前には聞き覚えがあるものの、よくは知らないのでちょいと
調べてみると、なんと「日本最初のプロ小説家」とありました。

もちろん、この場合の「プロ」とは「原稿料で生活を立てた」という
意味ですが、どうも小説家?だけではなく、画家としての才能も
備えていたそうですから、今でいう「マルチタレント」?の先駆者と
いえるかもしれません。 
※謎の絵師?「東洲斎写楽」の正体を、この”一九”と見る向きもあるようです。

1802年の「東海道中膝栗毛」の大ヒットで一躍「超売れっ子・
流行作家」
としての地位を固めるや、たちまちの内に、出版元の
担当者が一九の机の脇で原稿の出来上がり待つ、と言われる
ほどの存在になっていきました。 
※例の「弥次さん喜多さん」のお話

弥次喜多挿絵01 弥次喜多一九01










 東海道中膝栗毛/挿絵        作者/十返舎一九

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では、そのベストセラーのタイトル「東海道中膝栗毛」とは?
これも洒落のきいたタイトルになっていて、「膝」とは人間の足の
「膝」のことで、「栗毛」とは栗毛馬のことですから、「膝を栗毛の
馬として使う」、すなわち現代風の表現なら「東海道徒歩旅行」と
いったところでしょうか。

また、お話自体は主人公の弥次さんと喜多さんがその道中で
繰り広げる冗談・いたずら・失敗などの騒動が中心ですから、
「ユーモア小説」のジャンルに分類されるものかもしれません。

しかし考えてみれば、いくら中身が面白いからといって、それを
読んで楽しむ読者がいなければ「ベストセラー」もあり得ません。
ということは、つまりこの時代には「出版事業」が成り立つだけの
メッチャ大勢の「読者層」がすでに育っていたことになります。

こうした「読者層」拡大の背景に「教育システム」の充実があった
ことは間違いありません。
事実、江戸期の学校?「寺子屋」の数は三万以上もあったと
されています。 ※ただし、実数は掴みきれていないようです。

だとすれば、「日本最初のプロ小説家」一九の誕生と、文字で
書かれたその作品を「読んで楽しむ庶民層」の登場は、おそらく
開闢以来の出来事で、とてつもなく大きな「時代の節目」でも
あったわけです。

ところが、そうした時代の寵児であった一九も1822年58歳の折に
病を得るや、書き続けることすら困難になり、その後はかつての
一九とは似ても似つかぬ精彩を欠いた作風の「著書」も混じる
ようになったそうですから、あるいは他人の著書に自分の「名前
を貸す」ことをしていたのかもしれません。

それどころか、次第に生活を立てること自体が叶わなくなって、
貧乏の中で晩年を迎えています。
こんな境遇にあって、あのユーモアあふれる「辞世」を残したの
ですから、根っから陽気な人物だったのでしょう。

あるいは、お話はまったく逆で、最後まで
~一世を風靡した超売れっ子・ユーモア作家~としての矜持を
守り通したということも考えられないわけではありません。

なにせ「日本最初のプロ小説家」なのですから、これくらいの
プライド・ツッパリ・意地を見せたとしても、それほど不思議なこと
でもないような気がします。

それにしても、この時代の日本で小説?が21年もの長きに渡って
書き続けられたという事実には驚ろきを禁じえません。
もっとも、時代・分野は異なるものの、1992年に始まり、今なお
連載が続く井沢元彦氏の「逆説の日本史」、こちらも凄いゾ!
 
※ 「逆説の日本史22 幕末年代史編Ⅳ 高杉晋作と維新回天の謎」
  最新単行本(2014/10/24)がこれですから、あと50年くらいは続くか?
 




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173 日本史の「ツッパリ」10 五尺の体にみなぎ気迫 大和魂か蛮勇か?
144 日本史の「ツッパリ」09 ♪地球の上に朝が来る 驚天動地の新神様!
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