日本史の「謎解き」21 ピケティ風?の戦国経済論

とんでもなく固くて難しい内容という噂?があった、フランスの
経済学者トマ・ピケティ著の「21世紀の資本」が出版されるや、
世界ではすでに100万部超え、日本でもたちまち10万部以上が
売れたそうですから、これが驚かずにおられましょうか・・・
おられません! (日本版発売 2014年12月08日)

ちなみに日本版は「A5判/728頁/定価5,940円」、こんなに
分厚くて高価な本がバカ売れするなんて・・・まったく世も末です。
しかも、親切心からか、買わない(買えない?)人に向けて、
ウリの部分を紹介する雑誌なども登場して、そこには・・・
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~資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きい~
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なんとも不可解な言葉が並び・・・まあこの難解さは多分何回
読んだところで、普通の人には理解が及ばないレベルだと思える
のですが・・・ (ですから、ハナから読む気ゼロのワタシです)

それはともかく、もし現代にこうした「経済理論」がきっちり成立
するとしたなら、日本の少し?昔、「戦国時代」にも何らかの
経済法則があったかもしれんゾ?との思いが頭に浮かんだ
次第です。
もちろん研究の方はピケティ博士にお任せすることにしますが、
では、そこでどんな経済理論が展開されるのか?
おそらく、これくらいの指摘はあるのでは?
~勝利(V)は財布(M)の大きさ次第~ ピケティ博士風の表現) 
もう少し分りやすくて端的な日本語に翻訳すると、
~名将と呼ばれるのは金持ちだけ~ (ワタシ風の表現)

実際そんな気配もある?かもで、たとえば「戦国最高の知将」と
評される毛利元就(1497-1571年)なぞは、国内最大級の銀山
(石見銀山)を持ち、実際これがデッカイ財布になっていました。
※さらには海運業?貿易業?でも財テクに励んでいた模様。

同様の方法で大型財布を有した「名将」は他にもいて、
「風林火山」でよく知られる、甲斐・武田信玄(1521-1573年)も、
実は「金鉱山」のオーナー?でもありました。


ピケティ博士01 織田信長52 












 ピケティ博士 「21世紀の資本」   織田信長 「楽市・楽座」        

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「金持ち」はなにも「鉱山経営者」?だけに限りません。
後に天下に君臨することになる織田信長(1534-1582年)とて、
「商業」を活性化(規制緩和/楽市楽座)することでデッカイ財布を
築き上げています。
ですから余計に、「名将」との評価はこうした「財布」の裏付けが
あってこそのものと思えてしまうわけです。

逆に、真田幸村(信繁/1567-1615年)になると、「関ヶ原の戦い」
(1600年)に参じる徳川秀忠軍を信州・上田城に足止めさせた
ばかりか、「大阪夏の陣」(1615年)では、「家康お命頂戴」寸前まで
攻め込んだ?と言われる「戦さ上手」でありながら、「名将」として
名前を挙げられることは多くない印象です。

ではなぜ、「名将」と呼んでは貰えないのか? 
結局のところ、天下の趨勢に影響を与えられるほどに大きな
軍事力・政治力を持てなかったこと、つまり「財布が小振り」で、
「非・金持ち」側にあったことが原因かと思われます。

しかしこれでは、「名声」を得られるのは「金持ち」だけであって、
「非・金持ち」側に立つ者はいつまでも浮かび上がれないでは
ないかッ・・・そんなの、メッチャ不公平でトコトン不条理だ! 

まさにその通り! これこそがピケティ博士が指摘するところの
~資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きい~ なのかも?
言葉を変えれば、「金持ち」が手にする恩恵?の大きさたるや
「非・金持ち」が、それこそ逆立ちしたって届くものではないゾ、
ほどの見解になるのでしょうか?

で、この「恩恵」を「栄誉・名声」という言葉に置き換えて、
戦国時代の武将に当てはめてみると、実はこうなる?
~勝利(V)は財布(M)の大きさ次第~名将と呼ばれるのは金持ちだけ

という結論が導き出せたら、実はもう「21世紀の資本」を買う
必要もないわけで、ついては定価「5,940円」分はまるまる節約
できることに・・・では、その浮いた「5,940円」をどう扱うべきか?

ご親切に、同書(の777頁?)は、そのことにも触れているようで、
~節約分を貯金に廻すのは愚かな選択であり、賢明な経済行為
  とは、その「情報提供者」にビールと焼肉を奢ってやること~
 
そういう事情もあって、前もってお知らせしておきたいのですが、
「ロース」よりは、やや「カルビ」の方が好きなワタシです。





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214 日本史の「謎解き」17 異見はなぜ”申し訳ない”のか? 謙虚さも宗教?
204 日本史の「謎解き」16 ♪伸びた月代寂しく撫でて 月代は無用の長物?
195 日本史の「謎解き」15 何処が”皇”の住処? 韻が”現住所”を示す?
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