日本史の「逆転」13 武士団土壇場の女子パワー!

日本史にもいくつか大きな「内乱」が登場しています。
古くは、天智天皇の子・大友皇子(弘文天皇)と皇弟?である
大海人皇子が戦った「壬申の乱」(672年)とか、足利将軍の
後継者問題に端を発し、10年以上も戦い続けた「応仁の乱」
(1467-1477年)などを挙げることができます。

また、豊臣秀吉死後の「天下人」決定戦?の様相を見せた
「関が原の戦い」(1600年)も、それこそ天下を二分した「大内乱」
でした。

これらに比べると、「承久の乱」(1221年)は、知名度?の面では
いささかマイナーな印象になりますが、その意義という点では
突出したものがあったように思えます。

では、その「突出した意義」とは何か?
平たく言えば、単なる「内輪もめ」ではなく、むしろその後の
「日本のカタチ」を決定づけた戦いだったことです。

よく見れば、「壬申の乱」は天皇家の、「応仁の乱」は将軍家の、
また「関が原の戦い」は武士間の、要するに同族間の「内輪もめ」
に過ぎません。 しかしダ、「承久の乱」はひとあじ違うゾ。

それは、朝廷VS武家の「権力争奪戦」の意味合いを備えた
死に物狂いの戦いだったことにあります。
つまり、、「負けた側には明るい未来はない・・・かもしれない」
という意識を朝廷・武士団の双方が持っていたわけです。

朝廷側には後鳥羽上皇(1180-1239年)が、武家側には鎌倉幕府
創立者である源頼朝(1147-1199年)の未亡人「尼将軍」こと北条
政子
(1157-1225年)がそれぞれトップに立ち、それこそガチンコの
「日本国争奪戦」の幕を切って落としました。


画像











 後鳥羽天皇宸翰御手印置文/隠岐で19年間過ごし60歳で崩御

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しかし一応は「朝廷離れ」した自前組織「幕府」を立ち上げていた
武家側としても、朝廷を完全に「敵」にしてしまうことには
いささか「腰が引ける」思いがあったのは間違いありません。

あからさまに「朝敵」になるくらいなら、多少妥協してでも「朝敵」
という汚名を避けた方が得策ではないか?
実際そう考えた武士団も少なくなかったようです。
ここで、北条政子の叱咤激励(演説?)が飛び出します。

その時の”録音”は残されていませんが、多分この程度のことは
言ったのでしょう。
~こんなことくらいで右往左往するなんて・・・今日あるのは
  亡き「頼朝公」のお陰だってことを胸に手を当ててよう考えて
  みなさい・・・こんな時にイイ子ぶってたら、また幕府前の悲惨
  な奴隷生活に戻されちゃうのよ! いいこと、いつフンドシを
  締め直すの?・・・そりゃあ、やっぱ 今でしょッ!~


この政子の演説で武士団の動揺は鎮まり、挙党体制?が
整ったとされています。
そして、武士側の勝利、朝廷側の敗北という結果をみましたが、
では首謀者・後鳥羽上皇ご自身はどうなったのか?

武家側によって隠岐島へ配流されました。
そればかりが、後鳥羽に協力した息子・順徳上皇も佐渡島へ
流され、協力はしなかったもののその兄・土御門上皇も武家側に
遠慮して自ら進んで土佐に渡りました。
つまり、武家側が完全勝利を収めたわけです。

身分下の武家側が、身分上の朝廷側を「島流し」にしたという
ことは、この国の「勢力地図」が完全に塗り替えられたという
ことに他なりません。

その証拠に、ここで確立された武家政権は以後明治維新までの
約650年(瞬間的な例外を除く)もの間、連綿と続きました。
反面、朝廷側はこの敗北により、以後長い長い「冬の時代」?を
迎えることになったわけです。

ですから、この「承久の乱」は、数ある内乱のひとつには違いない
のですが、壬申の乱/応仁の乱/関が原の戦いに比べると、
とてつもなく大きな意味を備えていたと言えそうな気がします。

ちなみに、この時の政子の”檄”が本邦初の「政治演説」?では
ないかと見る向きもあるようで、もしそうなら現代風にこう紹介
すべきかもしれません。 ~本邦初の“政治女子”北条政子~
※歴女/山ガール/リケジョ/野球女子/鉄子/けんせつ小町など

また~女性が政治に口を挟んで成功した史上”唯一”の事例~
政子には、別にこうした評価もあります。
ただ、この「唯一」との表現には”不快感”を持たれる女性もある
そうですから、この場を借りて念入りにお断りしておきます。

「唯一」と言い切っちゃっている”真犯人”は歴史関係者であって、
断じてワタシではありません・・・ワタシは”無実”ですからね!
 




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